第13回企業のパワー・ハラスメント対策について

※この文章は、株式会社名南経営コンサルティングによるものです。

※この文章は、平成28年8月22日現在の情報に基づいて作成しています。
具体的な対応については、貴社の社会保険労務士などの専門家とご相談ください。

企業におけるパワー・ハラスメントを巡ってのトラブルが増加傾向にあります。精神疾患に罹患するケースも少なくなく、中には自殺に至るケースもあり、企業としては看過できない問題と捉えて対策を講じていかなければなりません。 今回は、平成28年6月に厚生労働省から公表された平成27年度の「個別労働紛争解決制度の施行状況」※1と「過労死等の労災補償状況」※2を参考に、企業のパワー・ハラスメント対策についてそのポイントを解説します。

  • (※1)http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000126365.html
  • (※2)http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000128216.html

1.増加するパワー・ハラスメント問題

このところ、企業内におけるパワー・ハラスメントに起因したさまざまなトラブルが増加傾向にあります。厚生労働省の発表資料によれば、都道府県労働局などに設置されている総合労働相談コーナーに寄せられる相談の中で「いじめ・嫌がらせ」に関する相談は年々増加し、平成27年度には相談内容の中でトップとなっており、今後もそれは続くものと考えられています。民事上の個別労働紛争も増えておりますが、こうしたいじめや嫌がらせは、主として上司によるものであり、このような問題によって優秀な人材が退職をしてしまうことも少なくありません。
最近の傾向としては、人材確保が十分に進まないことで残された人材に負担が必要以上にかかると同時に、上司にもさまざまな負荷がかかり、そのストレスの蓄積によって部下にさらにノルマを強要したり、暴言を吐くというケースが多く、インターネット上にブラック企業と揶揄されて社内の実情が暴露されている企業もあるようです。

■最近3カ年度の主な紛争の動向(民事上の個別労働紛争に係る相談件数)

相談内容 平成25年度 平成26年度 平成27年度
件数 前年度比 件数 前年度比 件数 前年度比
いじめ・嫌がらせ 59,197 14.6% 62,191 5.1% 66,566 7.0%
解雇 43,956 -14.7% 38,966 -11.4% 37,787 -3.0%
自己都合退職 33,049 11.0% 34,626 4.8% 37,648 8.7%
労働条件の引き下げ 30,067 -11.5% 28,015 -6.8% 26,392 -5.8%
  • (出典)厚生労働省「平成27年度個別労働紛争解決制度の施行状況」
    http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11201250-Roudoukijunkyoku-Roudoujoukenseisakuka/0000131359.pdf

2.パワー・ハラスメントとは何か

そもそも、パワー・ハラスメントとは、法律による明確な定義がされていません。そのため、厚生労働省では『同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与えるまたは職場環境を悪化させる行為』と定義しており、それらを次の6類型に分類しています。

  • ① 身体的な攻撃(暴行・傷害)
  • ② 精神的な攻撃(脅迫・暴言等)
  • ③ 人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)
  • ④ 過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害)
  • ⑤ 過小な要求(業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)
  • ⑥ 個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)
  • (出典)厚生労働省「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言取りまとめ」
    http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r985200000255no-att/2r9852000002560k.pdf

■パワー・ハラスメント6類型における具体例

類型 具体的内容例(性別、年齢)
①身体的な攻撃 ❖足でけられる(女性、50歳以上)
❖胸ぐらを掴む、髪を引っ張る、火の着いたタバコを投げる(男性、40歳代)
❖頭をこずかれた(男性、50歳以上)
②精神的な攻撃 ❖皆の前で大声で叱責。物をなげつけられる。ミスを皆の前で大声で言われる(女性、30歳代)
❖人格を否定されるようなことを言われる。お前が辞めれば、改善効果が300万円出るなど会議上で言われた。(男性、20歳代)
❖同僚の前で無能扱いする言葉を受けた。(男性、50歳以上)
③人間関係からの切り離し ❖挨拶をしても無視され、会話をしてくれなくなった。(女性、30歳代)
❖報告した業務への返答がない。部署の食事会に誘われない。(女性、30歳代)
❖他の人に「私の手伝いをするな」と言われた。(男性、50歳以上)
④過大な要求 ❖終業間際に過大な仕事を毎回押し付ける。(女性、40歳代)
❖一人では無理だとわかっている仕事を一人でやらせる。(男性、20歳代)
❖休日出勤しても終わらない業務の強要。(男性、30歳代)
⑤過小な要求 ❖従業員全員に聞こえるように程度の低い仕事を名指しで命じられた。(女性、20歳代)
❖営業なのに買い物、倉庫整理などを必要以上に強要される。(男性、40歳代)
❖草むしり(男性、50歳以上)
⑥個の侵害 ❖プライベートな事を聞いてきたり、相手は既婚者であるにも関わらず独身の私にしつこく交際を迫った(女性、20歳代)
❖交際相手の有無について聞かれ、過度に結婚を推奨された。(女性、30歳代)
❖個人の宗教を、皆の前で言われ、否定、悪口を言われた。(女性、50歳以上)
  • (出典)厚生労働省「あかるい職場応援団:データで見るパワハラ 3.どんなパワハラがあるのか」
    http://www.no-pawahara.mhlw.go.jp/foundation/statistics/

もっとも、実務面では、それが上司による指導であるのか、パワー・ハラスメントであるのか判断に迷うケースも少なくないものと思われます。しかし、指導であるのか、パワー・ハラスメントであるのかの線引きについては、さまざまな労働裁判例を紐解くと、「人格を否定するような言動を行ったか否か」「職員全員の前で名指しによって非難をする言動ではなかったか」「過度に感情的な言動によるものではなかったか」などを判断基準として検討することが多く、さらに、こうした言動に至った背景などを総合的に勘案して考えていくものとされています。
実際の労働裁判例には、上司が部下に対して「主任失格」「おまえなんか、いてもいなくても同じだ」「目障りだから、そんなちゃらちゃらした物は着けるな、指輪は外せ」などの感情的な叱責であったり(A社過労自殺事件:名古屋高裁 平成19年10月31日判決)、クリップボードの表面および側面の両方を使って、頭部を約20回殴打したり(B社事件:東京地裁 平成17年10月4日判決)と、誰が見聞きしても、パワー・ハラスメント行為と理解することができるケースが多く、明らかに教育・指導の範疇を超えています。
一方で、最近は、部下がインターネットなどによってさまざまな情報を得ることで、上司から何か注意をされたことに対して「それはパワー・ハラスメントだ」と騒ぎ立てることもあることから、適切な指導を躊躇する管理職が増えている印象を受けます。しかし、上司が部下に対して常日ごろ心掛けるべき点は、当然ながら適切な指導は躊躇することなく行うことであり、そのようにしなければ職場秩序が乱れることになります。

3.労災認定について

職場のパワー・ハラスメント行為において特に注意すべきなのは、それに起因した精神疾患です。この場合、業務に起因することになるため労災保険の認定を受ける可能性が高く、事業主としての責任を問われる危険性が生じます。特に、平成23年12月26日に厚生労働省より発令された通達「心理的負荷による精神障害の認定基準(平23.12.26基発1226第1号)」により、具体的な事案に基づく判断が容易になったため、労災認定は増加傾向にあります。そして、労災認定されれば、民法第709条による不法行為責任や、労働契約法第5条※3に定める安全配慮義務違反による債務不履行責任(民法第415条)を問われ、損害賠償を求められるリスクを抱えます。
労働裁判例では、企業が労災認定を受けた本人に対して、数百万や数千万円の支払いを余儀なくされたケースも少なからず存在しています。また、パワー・ハラスメント行為において上司が部下に手を出したりすれば、刑法上の傷害罪といった別の問題も生じます。
こうした問題は、単なる上司と部下の個人的な問題で終わることなく、最終的には企業としての責任を追及されることになりますので、看過することなく、見聞きしたら速やかに対象者を呼び出し、状況の把握などを行うべきでしょう。
下表は、平成27年度「過労死等の労災補償状況」で公表されている資料のうち、「精神障害の出来事別決定および支給決定件数一覧」の一部を抜粋したものです。平成27年度の「(ひどい)嫌がらせ、いじめ、または暴行を受けた」出来事の支給決定件数60件は、「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」出来事の75件についで多くなっています。

■精神障害の出来事別決定および支給決定件数一覧(一部抜粋)

出来事の
類型
具体的な出来事 平成26年度 平成27年度
決定件数 支給
決定件数
決定件数 支給
決定件数
うち自殺 うち自殺 うち自殺 うち自殺
事故や災害の
体験
(重度の)病気やケガをした 79 7 43 5 85 3 34 1
悲惨な事故や災害の体験、目撃をした 101 0 72 0 80 0 45 0
仕事の量・質 仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった 129 39 50 20 152 42 75 26
1カ月に80時間以上の時間外労働を行った 89 24 55 13 55 11 36 7
2週間以上にわたって連続勤務を行った 27 4 15 1 38 9 25 5
対人関係 (ひどい)嫌がらせ、いじめ、または暴行を受けた 169 14 69 4 151 15 60 8
上司とのトラブルがあった 221 13 21 4 259 30 21 3
セクハラ セクシャルハラスメントを受けた 47 2 27 0 44 0 24 0

・決定件数は、業務上または業務外の決定を行った件数
・支給決定件数は、決定件数のうち業務上と認定した件数
・自殺は未遂を含む件数

  • (出典)厚生労働省『平成27年度「過労死等の労災補償状況」』
    http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11402000-Roudoukijunkyokuroudouhoshoubu-Hoshouka/h27_seishin.pdf
  • (※3)労働契約法第5条:(労働者の安全への配慮)使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、 身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

4.パワー・ハラスメントを生まない職場づくり

残念ながら、職場内のパワー・ハラスメントの問題は、その事実が判明した時点では重大化しているケースが少なくありません。部下が精神疾患に罹患したことで面談をした際にわかったといったようなケースが典型ですが、声が大きな上司の言い分ばかり聞いていたことで抜本的な対策が講じられておらず、同じ上司から2人、3人とパワー・ハラスメントによる被害が続くというケースもあります。
こういった問題を予防するには、就業規則を見直して、パワー・ハラスメント行為に対して懲戒処分を含めた厳しい処分を行っていくことが必要です。同時に、どういった行為がパワー・ハラスメントと考えられるのかといった社内研修の実施などの取り組みを考えていく必要があり、さらには、日常的に情報が企業の人事部門や管理部門に届くように、内部または外部の社会保険労務士事務所などに通報窓口を設置し、早期発見ができる体制を行っておくことが望ましいものと考えられます。
いずれにせよ、職場内におけるパワー・ハラスメント問題は、人材の流出や企業イメージの低下に繋がることもあることから、事後対応よりも事前予防に注力すべきものと考えます。

【株式会社名南経営コンサルティング】

名南コンサルティングネットワークの一社として、幅広い顧客層にさまざまな経営コンサルティングなどを実践している。