第35回中小企業のM&Aについて② -事業承継問題と解決策-

※この文章は、名南M&A株式会社によるものです。

※この文章は、2018年4月30日現在の情報に基づいて作成しています。具体的な対応については、貴社の顧問弁護士や税理士などの専門家とご相談ください。

1.中小企業の事業承継問題

中小企業の事業承継問題とは、中小企業の経営者の高齢化が進み世代交代を急がなければならない中、少子化や職業の多様化の影響などにより親族内に後継者がおらず、廃業せざるを得ない企業が増えている状況を指します。

中小企業庁の資料によれば、図表1の通り、中小企業の経営者の年齢分布のピークは1995年の47歳から2015年には66歳と高齢化し、2020年ごろには数十万人の団塊世代の経営者が引退する時期にさしかかります。
経済産業省の「中小企業・小規模事業者の生産性向上について」※1によると、2025年には平均引退年齢である70歳を超える中小企業・小規模事業者の経営者は約245万人となり、この半数にあたる約127万人(日本企業全体の約3割)の後継者は未定であるとしています。また、休廃業・解散する企業の半分は黒字であり、現状をこのまま放置すると、中小企業の廃業の急増により、2025年頃までに約650万人の雇用と約22兆円の国内総生産(GDP)が失われる恐れがあるとしています。

<図表1> 中小企業経営者の年齢推移

中小企業経営者の年齢推移
  • (出典)中小企業庁「事業承継ガイドライン」について 平成28年12月5日
    http://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/2016/161205shoukei2.pdf P10
  • ※1:経済産業省「中小企業・小規模事業者の生産性向上について」平成29年10月(6)事業承継に関する現状・課題
    https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/miraitoshikaigi/suishinkaigo2018/chusho/dai1/siryou1.pdf P6

2.事業承継の方法

それでは事業承継にはどのような方法があるのでしょうか。図表2に示す主な三つの方法について解説します。

<図表2> 事業承継の方法

事業承継の方法

① 親族内承継

オーナー企業の承継策としては、子どもや近い親戚に承継する親族内承継がもっともスムーズです。オーナー企業の場合、経営者は、会社運営に関して三つの権利を有しています。一つは「社長」という役割からくる“経営権”、もう一つが「株主」という地位からくる“支配権(最終意思決定権)”、そして事業用資産の「所有者」という立場からくる“財産権”です。そしてこれらの権利は、すべて相続によって子どもに引き継ぐことができます。第三者に対してはそれができません。よってオーナー企業においては親族内承継、特に相続人たるご子息ご令嬢への承継がスムーズだといえるのです。

しかし、少子化や職業の多様化により、子どもがいないとか、他の職業に就いてしまっているなどして、親族内承継が難しいということであれば、残りの二つの方法を検討していくことになります。

② 内部昇格

役員や従業員を社長に登用する内部昇格は、業務内容も熟知しており、社内外の関係者からの理解も得やすく、経営方針などの一貫性を保ちやすいため、“経営権”を承継させる観点からはメリットがある方法です。ただし、経営権の承継は比較的スムーズにできますが、“支配権”や“財産権”の承継には、いくつかの課題があります。

まずは自社株の問題です。自社株を買い取らせるにしても、株価が高額になっていることが多く、一般的なサラリーマンでは資金力が伴いません。無償で譲渡するにしても贈与税は免れません。一方、自社株を現経営者の親族が相続すれば、「経営と所有の分離」はできるものの、後継者と所有者が将来にわたって好ましい関係であり続けるという保証はどこにもありません。
また会社の借入金に対する現経営者の個人保証問題もあります。この個人保証問題は、株式市場からの直接的な資金調達ができず、資金調達を金融機関などからの借り入れに頼らざるを得ない非上場の企業においては、事業承継を行う上で、切り離して考えることができない問題です。後継者が十分な資金力を有していれば、個人保証をスムーズに引き継ぐことも可能ですが、多くの場合はそう簡単ではなく、後継者の家族などが反対したために事業承継自体を断念したケースもあります。個人保証の問題を解消するには、借入金を完済するほかありません。しかし、会社の成長・発展を実現し続けようとすれば資金調達は必要であり、借入金の完済は現実的には難しいでしょう。

これらのことから、内部昇格による承継を行う場合は、早い段階から専門家などの協力を得て、資金調達や自社株の取り扱い、借入金の個人保証などについてさまざまな対応策を検討し、現経営者とその親族、後継者、その他の関係者が十分納得した上で進めることが肝要です。

③ 第三者承継

親族内や内部昇格による承継ができない場合は、第三者による承継を検討することになります。第三者承継は二つのパターンに分類できます。

一つは外部招聘です。具体的には元請企業や取引先などの役員や従業員、または経営者自身の個人的な付き合いのある方などの招聘です。今までの社風やしがらみにとらわれることなく、事業の効率化や効果的な施策などを行える点がメリットです。しかし、この場合は内部昇格と同様、支配権や財産権の承継が課題となります。

第三者承継のもう一つが、企業の譲渡、すなわちM&Aになります。中小企業のM&Aの場合、その方法は株式譲渡がほとんどです。具体的には、オーナー社長などが保有している企業の株式を第三者へ譲渡し、社長も交代する方法になります。これであれば後継者を確保し、経営権の承継と支配権・財産権の承継が同時にできることになります。また、事業は誰にも迷惑を掛けることなくそのまま継続され、大切な社員の雇用も守られます。

その他にも、株式譲渡を活用したM&Aによる事業承継は、廃業と比較していくつかの点でメリットがあります。
廃業で会社を清算する場合、その会社の価格は清算時点での処分価格でしかありません。バランスシート上では数十億円の商品在庫や土地・建物、機械装置などの資産があったとしても、帳簿価格通りには評価されず、換金の過程では時価算定以下、物によっては二束三文で処分されるケースが多くあります。一方、M&Aの場合、同様の資産は事業継続のために必要な資産として、清算時ほど価格が毀損することなく引き継がれます。さらに、将来の収益力などを加味した「のれん」を資産に上乗せし、株式の譲渡代金に反映されるのが一般的です。
また税金面において、廃業の場合は法人税等が課税される上、オーナー社長などの株主に残余財産を分配した配当所得にも課税されます。この配当所得への課税は、原則として累進税率による総合課税となり税額がかなり大きくなります。一方、株式譲渡の場合は、株式の譲渡益に対して20.315%(所得税+住民税+復興特別所得税)の課税のみとなります。
以上のことから、オーナー社長など株主の手取り額を比較しますと、廃業の場合はかなり少なくなってしまい、株式譲渡によるM&Aの方がメリットがあります。
さらに、廃業による清算では、資産を処分して得た現金で借入金などの負債を返済しますが、すべての資産を処分しても負債や個人保証が残ってしまう場合があります。一方、株式譲渡によるM&Aでは、通常は、会社の負債は新しい体制に引き継がれ、個人保証なども解除されます。

■親族外承継が増加中

近年は、親族内承継の割合が減少し、親族外承継の割合が増加しています。図表3のとおり、現経営者の在任期間が35年以上40年未満では90%以上が親族内承継であったのに対し、現経営者の在任期間が短いほど親族内承継の割合が減少し、従業員や社外の第三者による承継の増加傾向が見られます。特に直近5年間では親族内承継の割合が全体の約35%にまで急減し、親族外承継の割合が65%以上に達しました。

<図表3> 経営者の在任期間別の現経営者と先代経営者との関係

経営者の在任期間別の現経営者と先代経営者との関係

  • (出典)中小企業庁「事業承継ガイドライン」について 平成28年12月5日
    http://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/2016/161205shoukei2.pdf P11

3.M&Aによる解決策とその意義

企業の廃業は、次のように負のスパイラルに陥り、地域のダイナミズムを喪失させます。

  1. ①廃業により企業数が減少する
  2. ②働く場が失われ、人材が地域外へ流出する
  3. ③人がいなくなることで、労働者を確保できないため事業継続ができなくなる
  4. ④事業継続ができないために廃業する
  5. ⑤企業数減少により町の魅力が失われる
  6. ⑥ますます人材が流出していく

人口減少時代の我が国において、企業の廃業は地方都市の存続も脅かす大きな問題になっています。
また、企業にはさまざまな利害関係者がおり、廃業により影響を受ける方が多数存在します。従業員は働く場を失うわけですし、仕入先や外注先も仕事が減り、その会社の雇用も守られなくなる可能性があります。また得意先は商品を仕入れられなくなることで商売に影響が出るかもしれません。
そこに、後継者不在で廃業の危機にある企業を、M&Aで存続させる価値が見出されてくるのです。

かつては、事業承継問題を解決するためのM&Aに対して、経営者の多くの方々の反応は否定的・消極的でした。当時のM&Aによる事業承継のイメージの多くは単なる“身売り”であり、結果としてそれは、経営に対する“敗北”や、経営者の責任“逃避”といったマイナスのイメージが強かったのです。また当時はお金の力にモノをいわせた投機目的のM&Aや、ターゲットにされた企業が望まない敵対的なM&Aなどが、かなりセンセーショナルに報じられたことも否定的・消極的な反応へと影響していたようです。
しかし、時の経過とともに、M&Aに対するイメージは大きく変わってきました。書店へ行けばM&Aに関する本が多々並び、インターネットでM&Aと検索すればさまざまなサイトがヒットします。また以前は集客が難しかったM&Aに関するセミナーにもたくさんの方が申し込まれ、どの会場も活況を呈しています。これは、企業を成長発展させていく上で、M&Aが有効な戦略であることに、大企業だけではなく中小企業の経営者も認識し始めたことに他なりません。最近では、後継者のいない経営者が事業承継にM&Aを活用するケースも増えたため、さらにM&Aの認知度が高まりました。

最新の2018年版の中小企業白書では、事業承継などを背景に中小企業のM&Aは増加傾向にあり、買い手側の企業にとっても、相手先の企業との間でシナジーを発揮することで生産性を高める契機になるとしています※2。また、本コラム執筆会社に寄せられるM&A相談のうち、中小企業の事業承継問題に起因するものは9割を超えています。そしてこの傾向は今後も続くものと予想しています。

以上、中小企業の事業承継問題とM&Aによる解決策について解説しました。次回は、中小企業のM&Aの進め方や手続きなどについて解説する予定です。

  • ※2:中小企業庁「2018年版中小企業白書」
    http://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/index.html
【名南M&A株式会社】

名南コンサルティングネットワークの一社として、幅広い顧客層にさまざまなM&Aに関するコンサルティングなどを実践している。