第4回退職金・企業年金の意義と資金準備について

※この文章は、株式会社名南経営コンサルティングによるものです。

※この文章は、平成27年6月19日現在の情報に基づいて作成しています。
具体的な対応については、貴社の顧問税理士や社会保険労務士などの専門家とご相談ください。

公的年金だけでは老後の生活が不安視されている現代、それを補填する資金として、退職金や企業年金の位置づけはさらに重要度を増しています。そこで今回は退職金や企業年金の成り立ちや意義と、資金準備などの選択肢について述べたいと思います。

1.退職金制度の歴史

退職金制度の原型は江戸時代ののれん分けから始まったといわれています。明治時代初期には役人をはじめ一部の幹部社員に適用されるようになり、明治時代後期から近代工業化とともに一般にも徐々に普及し始めました。そして、大正時代の世界恐慌期に解雇補償金的性格が強くなった時期を経て、第二次世界大戦後の急激なインフレと労働組合からの強い要求から生活保障的な制度として爆発的に普及し、今や退職金制度は大企業を中心に多くの企業で採用されています。
しかし、少子高齢化が加速する日本において、個々の企業が莫大な額になる退職金を準備するのは公的年金制度と同様、相当な負担を抱えることになります。この企業の退職給付にかかる負担を軽減する目的もあって、平成13年10月に従業員個人が資産形成の責任を負う確定拠出年金制度が導入されました。しかし、この確定拠出年金(企業型)の加入状況は平成27年3月末時点で、加入者数約500万人、事業主数約2万社に留まっています※1。この制度は公的年金の補填を意図した性格上、原則として60歳までは引き出しができないため、個人の資産形成手段としては使い勝手がよくないことなどが普及に影響していると思われます。

※1 厚生労働省ホームページ:確定拠出年金の施行状況
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/nenkin/nenkin/kyoshutsu/sekou.html

2.退職金制度の意義

退職金制度の意義は、経営側にとっては「勤続に対する功績報償」、労働組合側にとっては「失業や老後の生活保障」と捉えられることが多いようです。しかし、私共は、退職金の意義の本質は、「後払いによる従業員の企業への定着促進」にあると考えます。明治時代後期の労働需要が逼迫した時期に大企業を中心に熟練工のリテンション(定着促進)のために退職金が制度化され始めました。これが徐々に勤続年数を重ねる毎に退職金の額が累進的に増えることでリテンションのインセンティブが働くようになり、定期昇給制度や年功序列と相まって、従業員の定着と帰属意識の醸成に大きな貢献を果たしてきたと考えられます。

3.中小企業における退職金制度の意義

一方、中小企業においては、一般的に退職金額の水準は大企業と比較して低いのが実情であり、制度化がなされていない企業も相当数あります(厚生労働省平成25年調査結果:従業員数30~99名の企業で制度がない割合は28%)※2。従業員側も退職金をあてにして働いているわけではなく、退職金の金額を退職直前まで意に介していないことも多いため、前項で述べたインセンティブが働くという退職金の意義が十分に発揮されているとは言い難い状況にあると考えられます。
しかし、私共がコンサルティングで関わってきた1千社に上る中小企業のほとんどが、「退職金くらいはきちんと払いたい」と希望されます。これは経営者側の「永年、人生の一番よい時期をこの会社に尽くしてくれた社員に報いたい」という心情によるものでしょう。中小企業においては、退職金は「勤続に対する功績報償」の性格が強く、従業員の忠節に応える企業のあり方として、それだけでも制度制定の意義はあると考えます。
さらに戦略的に考えれば、制度内容を従業員に周知させ意識付けさせることが大切です。このことが、老後の生活に対する従業員の安心感を醸成し、退職金や企業年金の本来的な意義である「従業員の企業への定着促進」効果を顕在化させることにつながります。

※2 厚生労働省ホームページ:平成25年就労条件総合調査結果の概況
http://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/jikan/syurou/13/gaiyou04.html

4.退職金の準備

ここでは、退職金の準備方法などについて述べます。これらは一般的に以下の方法があります。

内部留保から退職者が出る都度支給する

事業草創期の会社、内部留保率が高い会社などにこのタイプが多いですが、一般に中小企業では決算書や資金繰りに影響する度合いが高いためおすすめできません。また、「賃金の支払の確保等に関する法律」による退職金の保全措置の努力義務※3が十分に果たせませんので、できるだけ外部に積み立てておく方法をおすすめしています。ただし、平均的に勤続年数が短い場合であれば、都度内部留保から支給する方法も考えられます。

中小企業退職金共済などの共済に積み立てる

中小企業の退職金準備手段として広く利用されているのが、中小企業退職金共済などの利用です。事務費用負担がなく、掛け金の追加負担がないのがメリットです。掛け金は一律、または勤続年数区分、役職や能力等級に連動させる方法があります。なお中小企業退職金共済には業種ごとに従業員数や資本金による加入要件があり、加入要件を満たさなくなった場合は解約または他制度への移行を迫られることになりますので、将来その要件を超える見込みがある場合は選択しないほうがよいでしょう。また、原則として全従業員を入社時点から対象とする制度であること、3年未満の短期勤続者には掛金として払い込んだ額未満の給付しかされないこと、懲戒解雇であっても給付がされる点などは注意が必要です。

確定給付企業年金制度で制度設計する

これは、厚生労働大臣の承認を得て規約をつくり、労使とも明確なルールに基づき運営される制度です。退職金制度を企業の責任としてきちんと設計し、従業員にも制度を明示して安心感を醸成し、加えて、長期勤続者に対しては年金給付という老後生活保障面での充実も図れます。
通常は単独で確定給付企業年金制度を実施することになりますが、最近は、手軽でローコストでありながら会社毎の設計の自由度も確保でき、かつ運用リスクが低く抑えられている「複数事業主型」の確定給付企業年金制度もあります。複数事業主型制度ならば人数規模やコスト面で単独実施が困難とされる中小企業でも、確定給付企業年金制度を導入することができますので、こちらも検討されることをおすすめします。

確定拠出年金制度を導入する

この制度の最大のメリットは、文字通り企業がその都度掛け金を拠出して精算することで、企業に退職給付債務を残さないことあります。その代わりに従業員が投資をする銘柄を自己責任で選ぶことになっていますが、実際はほとんどの方が元本確保型の商品を選んでいるようです。これは退職金制度というよりも資産形成支援プランの一部として捉えた方がよいと思われますが、多くの企業は現行の退職金制度の一部をこの拠出型に衣替えさせています。

民間生保商品を使って外部積立てをし、都度、解約して会社から支給する

中小企業退職金共済や確定給付企業年金などは積み立てた退職金が直接本人へ支給され、事業主にお金が戻ることのない完全外部積立制度なので、その積立金の使途に事業主の選択余地はありません。こういった積立金の使途が限定されることに抵抗がある場合は、生命保険の商品を使って、一部損金計上しながら退職者が出る都度解約して企業に解約金を受け入れ、退職金原資の一部に充てる方法があります。「あくまで会社が積み立てたお金なのだから、いざというときは退職金の支払以外にも使いたい」という企業にはおすすめですが、使途が限定されていないことから「賃金の支払の確保等に関する法律」に定める退職金保全手段とはみなされないので、ご注意ください。

最近の社会情勢からも従業員の生活保障につながる退職金や企業年金は再び注目を集めています。これからの労働者数が減少していく状況において、従業員の募集、定着促進に欠かせない処遇ツールと位置づけ、退職金を導入していない企業や制度を導入してから長らく改定に手付かずだった企業は、今一度、自社の退職金や企業年金を戦略的に考えてみてもいいのではないでしょうか。

※3 「賃金の支払の確保等に関する法律」第5条において、退職手当の保全措置を講じるように努めなければならないと定められています。なお、企業年金などを実施している企業は保全措置が免除されることになっています。

【株式会社名南経営コンサルティング】

名南コンサルティングネットワークの一社として、幅広い顧客層にさまざまな経営コンサルティングなどを実践している。