第84回史上最高水準となった最低賃金引き上げ その対応のポイント

※この文章は、社会保険労務士法人 名南経営によるものです。

※この文章は、令和4年9月9日現在の情報に基づいて作成しています。具体的な対応については、貴社の顧問弁護士や社会保険労務士などの専門家とご相談ください。

1.史上最高水準となった令和4年度の最低賃金引上げ

最低賃金は毎年10月に改定が行われていますが、昨今の物価高騰を受け、今年度は例年以上に、その改定状況が大きな注目を集めることとなりました。
最低賃金は、厚生労働省の中央最低賃金審議会より目安が答申され※1、これに基づき、各地方最低賃金審議会での調査審議を経て、各都道府県労働局長が決定します。
今年度の中央最低賃金審議会の議論では、労使の意見の隔たりが大きく、難航を極めたものの、最終的には全国加重平均で31円という過去最大の引き上げ幅での答申が行われました。その後の各都道府県での最低賃金審議会ではその目安をさらに超える答申も見られ、最終的に各都道府県の令和4年度最低賃金は図表1の結果※2となりました。

<図表1> 地域別最低賃金全国一覧

  • ※1:厚生労働省「令和4年度地域別最低賃金額改定の目安について」
    https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_27195.html
  • ※2:厚生労働省「令和4年度地域別最低賃金改定状況」
    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/minimumichiran/

2.最低賃金チェックの方法

今回の大幅な最低賃金の引き上げにより、現在支払われている賃金が最低賃金に達していない、いわゆる「最賃割れ」の状態に陥るケースが多く発生することが見込まれています。そこで以下では、現在の賃金が最低賃金をクリアしているかどうかを確認する方法を解説します。
最低賃金をクリアしているかどうかは、その給与支払方法により、図表2の計算方法で算出した時間あたりの賃金と最低賃金額とを比較します。

<図表2> 時間あたりの賃金の計算方法

給与支払方法 計算方法
①時間給の場合 時間給
②日給の場合 日給÷1日の所定労働時間
③月給の場合 月給÷1カ月平均所定労働時間
④出来高払制その他の請負制によって定められた賃金の場合 出来高払制その他の請負制によって計算された賃金の総額を、当該賃金算定期間において出来高払制その他の請負制によって労働した総労働時間数で除した金額
⑤上記①~④の組み合わせの場合 例えば、基本給が日給制で諸手当が月給制などの場合は、それぞれ上の②、③の方法により時間額に換算したその合計金額

図表2の計算を行う際、以下の賃金などは最低賃金の対象となりません。除外して計算を行う必要がありますので注意しましょう。

  • ●臨時に支払われる賃金(結婚手当など)
  • ●1カ月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与など)
  • ●所定労働時間を超える時間の労働に対して支払われる賃金(時間外割増賃金など)
  • ●所定労働日以外の労働に対して支払われる賃金(休日割増賃金など)
  • ●午後10時から午前5時までの間の労働に対して支払われる賃金のうち、通常の労働時間の賃金の計算額を超える部分(深夜割増賃金など)
  • ●精皆勤手当、通勤手当および家族手当

なお、本コラムでは令和4年10月に改定される地域別最低賃金を取り上げていますが、実務上では、特定の産業に従事する労働者を対象とした「特定(産業別)最低賃金」※3が別途設定されている場合があります。その際には、「特定(産業別)最低賃金」が適用されますので、その金額を下回っていないかの確認が必要となります。

  • ※3:厚生労働省「特定最低賃金について」
    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000041788.html

3.最低賃金引き上げの際に活用できる「業務改善助成金」

大幅な引き上げが行われることとなった最低賃金ですが、コロナの影響に加え、原材料費の高騰などの要因により、業績が思わしくない企業も少なくない昨今、最低賃金引き上げによる人件費の増加は企業にとって大きな負担になることが懸念されます。
そのようなときに活用を検討したいのが、業務改善助成金です。これは、中小企業・小規模事業者が対象の助成金で、事業場内でもっとも低い賃金(事業場内最低賃金)の引き上げを支援する制度です。具体的には、図表3にあるような生産性向上のための設備投資などを行い、事業場内最低賃金を一定額以上引き上げた場合、その設備投資などにかかった費用の一部が助成されます。

<図表3> 生産性向上のための設備投資、人材育成などの事例

  • ●POSレジシステム導入による在庫管理の短縮
  • ●リフト付き特殊車両の導入による送迎時間の短縮
  • ●顧客・在庫・帳票管理システムの導入による業務の効率化
  • ●専門家のコンサルティングによる業務フロー見直しによる顧客回転率の向上
  • ●外部講師による従業員向けの研修、導入機器の操作研修
  • ●外部団体が行う人材育成セミナーの受講  など

助成率などは図表4のとおりです。深刻な人手不足の状況でもあり、職場の生産性向上は重要なテーマとなっていることから、単に最低賃金の引き上げに対応するだけでなく、投資や教育を通じた生産性の向上を推進したいものです。

<図表4> 業務改善助成金 ※令和4年度の申請期限は令和5年1月31日

<図表4> 業務改善助成金
  • (出典) 厚生労働省「業務改善助成金:中小企業・小規模事業者の生産性向上のための取組を支援」
    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/shienjigyou/03.html

また、業務改善助成金には新型コロナウイルス感染症の影響により売上高などが減少した中小企業・小規模事業者を支援する「特例コース」※4が設けられており、対象期間と申請期限の延長とともに「原材料高騰など社会的・経済的環境変化など外的要因により利益が減少した事業者」も対象になりました。特例コースは、生産性向上のための設備投資などのほか、業務改善計画に計上された広告宣伝費、汎用事務機器など「関連する経費」も助成対象となります。

  • ※4:厚生労働省「業務改善助成金(特例コース)のご案内」
    https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/000984393.pdf

4.来年度以降の最低賃金の引き上げはどうなるのか

最低賃金は、令和2年度は「新型コロナウイルス感染症拡大による現下の経済・雇用への影響等を踏まえ、引き上げ額の目安を示すことは困難であり、現行水準を維持することが適当」として目安が示されませんでしたが、令和3年度の一律28円に続いて今年度も全国加重平均で31円という目安となり、連続して、大幅な引き上げが行われることになります。多くの経営者や人事労務担当者のみなさんにとっては「来年度以降もこのペースで最低賃金の引き上げが行われるのか」は大きな関心事でしょう。

今後の賃上げ・最低賃金の方向性については、令和4年6月7日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2022(いわゆる「骨太方針2022)」※5において、以下の記述が見られます。

(賃上げ・最低賃金)

  • ●今年は、ここ数年低下してきた賃上げ率を反転させたが、ウクライナ情勢も相まって物価が上昇している。
  • ●こうした中、賃上げの流れをサプライチェーン内の適切な分配を通じて中小企業に広げ、全国各地での賃上げ機運の一層の拡大を図る。
  • ●このため、中堅・中小企業の活力向上につながる事業再構築・生産性向上等の支援を通じて賃上げの原資となる付加価値の増大を図るとともに、適切な価格転嫁が行われる環境の整備に取り組むほか、抜本的に拡充した賃上げ促進税制の活用促進、賃上げを行った企業からの優先的な政府調達等に取り組み、地域の中小企業も含めた賃上げを推進する。
  • ●新しい資本主義実現会議において、価格転嫁や多様な働き方の在り方について合意づくりを進めるとともに、データ・エビデンスを基に、適正な賃金引上げの在り方について検討を行う。
  • ●また、人への投資のためにも最低賃金の引上げは重要な政策決定事項である。最低賃金の引上げの環境整備を一層進めるためにも事業再構築・生産性向上に取り組む中小企業へのきめ細やかな支援や取引適正化等に取り組みつつ、景気や物価動向を踏まえ、地域間格差にも配慮しながら、できる限り早期に最低賃金の全国加重平均が1,000円以上となることを目指し、引上げに取り組む。
  • ●こうした考えの下、最低賃金について、官民が協力して引上げを図るとともに、その引上げ額については、公労使三者構成の最低賃金審議会で、生計費、賃金、賃金支払能力を考慮し、しっかり議論する。
  • (出典) 内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2022 について」P6一部加工
    https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/2022/2022_basicpolicies_ja.pdf

骨太の方針では以前より「年率3%程度を目途として引き上げを行い、全国加重平均が1,000円になることを目指す」とされ、概ねその方針通りに引き上げが行われてきました。今回の引き上げの結果、最低賃金の全国加重平均は961円となりました。
今後の展開ですが、今年度の骨太の方針において、「できる限り早期に最低賃金の全国加重平均が 1,000円以上となることを目指し、引上げに取り組む」と表現が強められていることを考えれば、最低賃金の引き上げによる失業率の上昇など、経済面の大きなマイナス要因が出ない限り、全国加重平均の目標を達成するための引き上げが継続して実施されると見るのが妥当ではないかと思われます。

次なる問題は全国加重平均1,000円の目標達成後その引き上げペースは緩められるのかということですが、この点についての状況は不透明です。最近は一般の新聞やニュースにおいても我が国の賃金が伸び悩み、先進国の中で低い水準になっているとの報道が頻繁に見られるようになっています。
図表5は、OECD加盟各国における平均賃金を比較したグラフとなりますが、全体平均である52,436ドル(グラフの青棒)に対して、日本は40,849ドル(グラフの赤棒)となっており、平均額の78%という水準に止まっています。74,738ドルのアメリカ(グラフの右から2番目)には大きく引き離され、国際的な競争力・購買力という観点からは、大幅な賃上げが必要な状況に追い込まれています。

<図表5> OECD加盟各国の平均賃金

<図表5> OECD加盟各国の平均賃金
  • (出典) OECD「平均賃金 (Average wage)」
    https://www.oecd.org/tokyo/statistics/average-wages-japanese-version.htm

今回、過去最大の31円という最低賃金の引き上げが行われる訳ですが、これも諸外国の状況と比較すると決して高水準ではありません。ジェトロ(独立行政法人日本貿易振興機構)の発表によれば、韓国では、2023年の最低賃金(時給)を前年比5.0%増の9,620ウォン(約991円、1ウォン=約0.103円)と告示した※6とあり、遂に日本の最低賃金を超える水準となっています。
また日本人に馴染みのある地域であるハワイにおいても、物価高騰への対応から、図表6のとおり大幅な最低賃金の引き上げが予定されています※7

<図表6> ハワイの最低賃金

実施時期 1時間あたり最低賃金
2018年1月1日から2022年9月30日まで 10ドル10セント
2022年10月1日から 12ドル
2024年1月1日から 14ドル
2026年1月1日から 16ドル
2028年1月1日から 18ドル

時給18ドルということは、1ドルを130円で計算したとしても時給2,340円となり、日本とは比較にならない高水準であることが分かります。

このような我が国の賃金水準の低さは、国際的な購買力の低下に繋がるだけでなく、労働力人口減少の中で外国人労働者に選ばれない国となることで深刻な労働力不足も招くこととなり、経済停滞の原因となります。この状態が続けば、外国人労働者に選ばれないどころか、日本人が海外に出稼ぎに行く(もしくは優秀な人材の多くが賃金水準の高い外資系企業で働く)ということさえ、想定しておかなければならない深刻な状況です。国としてはこの状況を放置することはできないでしょう。以上を考えれば、今後も当分の間は、最低賃金の大幅な引き上げを中心とした賃上げの取り組みが継続されると見ておく必要があるのではないでしょうか。

  • ※5:内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2022」
    https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/2022/decision0607.html
  • ※6:ジェトロ「2023年の最低賃金(時給)を告示、前年比5.0%増の9,620ウォン」
    https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/08/f33c946e9673fb1f.html
  • ※7:State of Hawaii Wage Standards Division「MINIMUM WAGE AND OVERTIME」
    https://labor.hawaii.gov/wsd/minimum-wage/

5.最後に

今回は、今年10月に実施された最低賃金の引き上げへの対応と今後の見通しについて取り上げました。賃上げを行うためには、その原資となる収益を継続的に上げ続けることが不可欠となります。それだけにこの問題は人事労務という観点だけでなく、生産性向上やサービス・商品価格の見直しも含めた経営全体の課題として捉えることが重要です。

【執筆者】

社会保険労務士法人 名南経営
 大津 章敬氏
 社会保険労務士法人 名南経営 代表社員
 株式会社名南経営コンサルティング 代表取締役副社長
 株式会社名南経営ホールディングス 取締役
 保有資格:社会保険労務士

名南コンサルティングネットワークの一社として、幅広い顧客層にさまざまな経営コンサルティングなどを実践している。