第95回労働条件明示ルールの改正

※この文章は、社会保険労務士法人 名南経営によるものです。

※この文章は、令和5年7月31日現在の情報に基づいて作成しています。具体的な対応については、貴社の顧問弁護士や社会保険労務士などの専門家とご相談ください。

令和6年4月から労働条件明示のルールが変わります。令和3年3月以降、「多様化する労働契約のルールに関する検討会」※1において、有期契約者の無期転換ルールに関する見直しと多様な正社員の雇用ルールの明確化などについての検討がなされ、令和4年3月にはその検討結果となる報告書がまとめられました。今回、その報告書の内容をもとに、「労働基準法施行規則」および「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準(雇止め告示)」などが改正され、令和6年4月1日から施行および適用がされます。
今回の改正内容は、「すべての労働者」に対して新たに明示が必要となる事項と、「有期契約労働者のみ」に対して新たに明示が必要となる事項の大きく二つに分けることができ、概要は図表1のとおりです。本稿では、その改正内容について、前提となる現状ルールを紹介した上で解説します。

<図表1> 改正の概要

対象者 今回の改正で追加される労働条件の明示事項
すべての労働者 就業場所・従事業務の変更範囲の明示
有期契約労働者のみ ① 契約更新上限の明示
② 無期転換の申込機会の明示
③ 無期転換後の労働条件の明示
  • ※1:厚生労働省「多様化する労働契約のルールに関する検討会」
    https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/other-roudou_558547_00002.html

1.前提として押さえておきたい労働条件の明示義務

(1)労働条件の明示義務とは

そもそも企業などの使用者が労働者を採用し労働契約を開始する際には、労働基準法第15条「使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない」の規定に基づき、労働者に対して労働条件を明示する義務があります。具体的に明示すべき事項は、労働基準法施行規則第5条第1項に規定されており、図表2のとおりです。

<図表2> 明示すべき労働条件

  • ① 労働契約の期間に関する事項
  • ② 期間の定めのある労働契約を更新する場合の基準に関する事項
  • ③ 就業の場所および従業すべき業務に関する事項
  • ④ 始業および終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇ならびに労働者を二組以上に分けて就業させる場合における就業時転換に関する事項
  • ⑤ 賃金(退職手当および臨時に支払われる賃金などを除く)の決定、計算および支払いの方法、賃金の締切りおよび支払の時期ならびに昇給に関する事項
  • ⑥ 退職に関する事項(解雇の事由を含む)
  • ⑦ 退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算および支払いの方法ならび退職手当の支払いの時期に関する事項
  • ⑧ 臨時に支払われる賃金(退職手当を除く)、賞与およびこれらに準ずる賃金ならびに最低賃金額に関する事項
  • ⑨ 労働者に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項
  • ⑩ 安全および衛生に関する事項
  • ⑪ 職業訓練に関する事項
  • ⑫ 災害補償および業務外の傷病扶助に関する事項
  • ⑬ 表彰および制裁に関する事項
  • ⑭ 休職に関する事項
  • * ただし、①から⑥(⑤の内、昇給に関する事項を除く)については書面の交付により明示しなければなりません。

(2)労働条件の明示方法

これらの労働条件の明示を行う方法としては、一般的には労働条件通知書という書面を交付して行います。書面の交付で行うことが原則ではありますが、事務所に立ち寄る機会がなく客先に常駐する派遣労働者や遠隔地採用で常態的にテレワークに従事している者などに対して、実務上書面の交付が難しいという場合には電子メールやSNSなどの方法を活用したいと考えることもあるでしょう。そこで、平成31年4月からは労働者が希望した場合には、FAXや電子メール、SNSなどでの明示も可能となっています。ただし、データを出⼒して書面を作成できるものに限られているため、閲覧や印刷、保存のしやすさを考慮して、メール本文に不規則的に労働条件を書き込むのではなく、労働条件通知書の形式を添付ファイルで送ることが推奨されています。
また、その際には、義務ではありませんがトラブル防止の観点からすれば、次のことを行うとよいでしょう。

  • ① 送信内容に明示した日付、送信した担当者の氏名、使用者名を含めて記入しておく
  • ② 労働者本人が電子メールなどによる明示を希望したことがわかるよう個別同意の記録を残しておく
  • ③ 当該電子メールなどが確実に労働者本人に到達し閲覧ができているか確認を行う
  • ④ 労働者本人に当該電子メールなどを削除せず保存しておくよう伝える

また、労働条件通知書を作成するにあたって、記載項目のうち記載漏れが発生しやすいのは、非正規労働者(いわゆる契約社員、パートタイマー、アルバイトなど)に対する明示内容として、比較的近年の改正で追加がされた「賞与・昇給・退職金の有無」、「相談窓口(労働条件などについて疑問や質問がある場合の相談先)」です。記載漏れを防ぐためには、厚生労働省や社会保険労務士事務所などが提供しているひな型※2を参考にして作成されるとよいでしょう。

  • ※2:厚生労働省「労働条件通知書(常用、有期雇用型)」
    https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/keiyaku/kaisei/dl/youshiki_01a.pdf

(3)トラブル防止のためには労働契約書の締結を

労務トラブルを防ぐための第一歩となるのは、労働契約を始めるにあたって労働契約書を締結することです。入社時の労働条件設定が曖昧であったり、口約束だけで済ませていたりすると「採用時にこう言われていた」「そんなことは聴いていない」といった争いが起こることがあります。
法令上の義務は先述のとおり、労働条件の明示義務のみであり、労働契約書の形式をとることまでは求められておらず、労働条件通知書を交付するのみでも法的義務は満たされます。しかしながら、労働条件に関するトラブルを防ぐためには労働者に対して一方的な通知をするだけでなく、労働契約書の形式で労使双方が労働条件について十分な確認を行い合意がされたことがわかる形を残すことがよいでしょう。また、入社時には面談や集合研修の時間を確保し、そこで労働条件に関する説明を十分に行い労働者からの質問を受け付けるなどして理解を深めてもらうことで、労働条件に関する疑問や勘違いは入社時点で解消しておきたいところです。

2.今回改正①:新たに必要となる「就業場所・業務の変更範囲の明示」
<対象:全労働者>

(1)すべての労働者に明示が必要となる「就業場所・業務の変更の範囲の明示」

今回の改正内容のうち、無期契約であるか有期契約であるかを問わず、すべての労働者に対して新たに明示が必要となるのが「就業の場所および従事すべき業務の変更の範囲」です。
以前から「就業の場所および従事すべき業務」は必須の明示事項ですが、現在その明示は雇い入れ直後の就業の場所を記載しておけばよく、通常「本社」「○○工場」「○○支店」「○○営業所」といった拠点名や住所などを記載していると思います。
配属先は○○支店であるけれども入社直後の一定期間は新入社員を集めて本社や研修センターなどで新入社員研修を行うといった場合には、「就業場所:○○支店(但し、新入社員研修期間中は本社において研修を行う。)」と表現することも考えられます。
また、従事すべき業務についても、総合職の正社員でさまざまな職種をジョブローテーションしながら経験をしていくというような計画があったとしても、現在は雇い入れ直後に従事する予定の業務を記載しているだけであると思います。
しかし今後は、雇い入れ直後の就業場所・従事業務を記載するだけでなく、労働契約の締結と有期労働契約の更新のタイミングごとに、これらの「変更の範囲」についても新たに明示していくことが必要となります。

(2)「就業場所」の変更範囲

入社後の人事異動の取り決めについては、柔軟な人事異動を行うことができるよう、当該者に適用される就業規則の人事異動に関する条文において、就業する場所および従事する業務の変更を命じる可能性がある旨を規定されていることが一般的です。当該規定においては、特段の制約や範囲を設けることはしておらず、実際にどの範囲まで異動があるのか不明瞭さがあります(図表3)。

<図表3> 就業規則の人事異動に関する規定例

(人事異動)

  • 第8条  会社は、業務上必要がある場合に、労働者に対して就業する場所及び従事する業務の変更を命ずることがある。
  • 2 会社は、業務上必要がある場合に、労働者を在籍のまま関係会社へ出向させることがある。
  • 3 前2項の場合、労働者は正当な理由なくこれを拒むことはできない。
  • (出典) 厚生労働省「モデル就業規則」
    https://www.mhlw.go.jp/content/001018385.pdf P14

今回の改正の趣旨としては、近年、限定正社員などの新たな雇用形態が登場するなど労働契約の多様化・個別化が進展する動きがあり、個々人のニーズに応じた多様な正社員の普及・促進を図る観点から、人事異動の範囲を明らかにすることによって、その予見可能性を向上させることで労使トラブルの未然防止を図ることです。それによる労働者側のメリットとしては配置転換がされる可能性のある範囲がわかることで安心してキャリア形成やワーク・ライフ・バランス(結婚や自宅の購入などが考えられる)を図りやすくなること、使用者側のメリットとしては転居を伴う転勤ができない事情を把握しやすくなることや、職種にこだわりがある優秀な人材を確保しやすくなることが挙げられます。

就業場所の変更の範囲を明示していくにあたっては、当然ながら就業場所の変更範囲の可能性を考えなくておかなくてはなりません。海外拠点を含めた全国転勤があるのか、例えば、○○エリア内、○○県内といったようにエリアごとに転勤範囲が絞られるのか、あるいは拠点を異動することはないのかといった具合です。
これについては、同一労働同一賃金制度への対応の観点も勘案すると、正社員と非正規労働者では異なった運用をすることが考えられ、正社員は全国転勤やエリア内転勤があることに対して、非正規労働者は拠点の異動がない、あるいは転居を伴わない近隣の拠点に限ってのみ異動をする可能性があるという取り扱いが考えられるかもしれません。
雇用形態や職種などの区分によって、それぞれの転勤の範囲がどこまでなのかを検討し、最終的にはその結果を、「全国転勤(海外含む)の可能性あり」「○○県内で転勤の可能性あり」「転勤なし」といったような範囲設定を表現して労働条件通知書に記載することになります。
昨今ではテレワークも普及していますので、在宅勤務の実施があるという場合にはその旨も規定しておくとよいでしょう。

(3)「業務(職種)」の変更範囲

次は、従事する業務(職種)の変更範囲の可能性についてです。企業規模の比較的大きい企業においては、将来の幹部候補となる総合職の正社員は、一般的にさまざまな部署や職種をジョブローテーションしながら幅広い業務に従事することが多いものです。他方、専門職として採用された正社員や非正規労働者は、一般的に一つの職種のみに従事しつづけることが多く、また職種変更があるとしても、例えば経理担当者が総務担当者になるなどといったように、どちらも事務職であるという同類の職種類型内での異動はあっても営業職や製造職になるということまではないという場合が多く、職種をある程度限定して採用しているとも考えられるかもしれません。
職種変更の可能性は、大別すれば次の三つに分かれると考えられ、いずれに該当するのかを労働条件通知書において明確にしておくことが必要になるのではないかと考えます。

  • ① すべての職種に変更となる可能性がある。
  • ② 事務職内、製造作業内などといった同類型の職種間のみ職種変更をする可能性がある。
  • ③ 職種限定採用であり、他の職種に変更となることはない。

(4)就業場所や職種がなくなる場合に解雇は可能か

今後、労働条件通知書において、就業場所や業務を明確に限定して契約を行った場合に、その就業場所であった事業場が拠点閉鎖となったり、これまで従事してきた業務自体の撤退などによって職場内でその職種がなくなったりという可能性も考えられます。そのような場合に、就業場所や業務を限定している方に対して即座に整理解雇が認められるかということが思案されますが、この点については、勤務地や職種限定がされていれば直ちに解雇が有効になるかというとそうではなく、裁判例においては整理解雇法理に沿った判断※3がされています。すなわち、単なる勤務地限定や高度な専門性を伴わない職種限定については整理解雇法理の判断に与える影響は小さく、解雇回避努力として他拠点への異動や他職種への配置転換を模索することを求められることが多い傾向が見られ、使用者は当該者へ転勤や配置転換の打診を可能な限り行うべきであり、それが難しい場合には再就職支援など異なる方策での支援も考えるべきであるということになります。

  • ※3:独立行政法人労働政策研究・研修機構「雇用関係紛争判例集(90)【解雇】整理解雇」
    https://www.jil.go.jp/hanrei/conts/10/90.html

(5)変更の範囲外への異動命令や範囲の変更をしたい場合

勤務地や職種を限定していたとしても、勤続が長くなり状況も変化してくると、経営上その限定している範囲外へ異動を命じたいと考える局面を迎えることもあるかもしれません。あるいはその限定を解除し、全国転勤可、全職種への異動可というように異動の範囲を変更したいと考える場面もあるかもしれません。その場合は、労働契約法第8条の規定に基づき、労働条件の変更について個別の同意を得ることが原則になると考えられます※4
このような労働条件の変更について同意を得る場合の注意点としては、裁判例(図表4)を参考にすると、労働条件の変更の前後の内容をわかりやすく対比して示し、そのメリットを示すだけでなく、特に不利益となる部分、デメリットを十分に説明することが肝要です。その上で労働者の自由意思に基づいて同意を得たことを同意書面として残し、変更後の労働条件については改めて書面通知を行うことで認識違いが生じないようにしておくことがよいでしょう。

<図表4> 労働条件の変更に関する裁判例

  • (出典) 厚生労働省「多様化する労働契約のルールに関する検討会報告書(令和4年3月)別紙2」P48
    https://www.mhlw.go.jp/content/11201250/000928269.pdf

※4:参考法令「労働契約法」一部抜粋

(労働契約の内容の変更)

  • 第八条 労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。
    (就業規則による労働契約の内容の変更)
  • 第九条 使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。
  • 第十条 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。

3.前提として理解しておきたい無期転換ルール

今回の改正点のもう一方の内容は、有期労働者の無期転換ルールに関係するものとなっています。その改正点の解説をする前にそもそもの無期転換ルールについて解説をしておきたいと思います。

(1)無期転換ルールとは

無期転換ルールとは、平成24年8月に成立した改正労働契約法により、導入された有期契約に関する雇用ルールです。
労働契約を期間の定めの有無に着目して分類すると、「期間の定めのない労働契約(無期労働契約)」と「期間の定めがある労働契約(有期労働契約)」という二つに分けることができます。一般的に、正社員はフルタイムかつ無期労働契約を締結しており正規労働者といわれ、それに対して、いわゆる契約社員やパートタイマー、アルバイトなどは短時間勤務または有期労働契約を締結していることから非正規労働者といわれます。
有期労働契約が5年を超えて更新された場合、当該有期契約労働者には無期契約を申し込む権利である無期転換申込権が発生し、有期契約労働者から使用者に対して無期転換の申し込みがされれば、使用者の諾否なく無期労働契約に転換されます。これが無期転換ルールです。無期転換の申し込みがあった場合、申込時の有期労働契約が終了する日の翌日から無期労働契約となります。

(2)無期転換申込権の発生

無期転換申込権は、同一の使用者との間で締結された2以上の有期労働契約の契約期間を通算した期間(通算契約期間)が5年を超えた場合に発生します。この「同一の使用者」とは、労働契約の締結主体(使用者である企業)を単位として定めるものであり、例えばA支店からB支店に就業場所が変更していたとしても、労働契約の締結主体(使用者である企業)に変更がなければ雇用契約を継続しているとみなされます。また、契約期間が5年を経過していなくても、例えば、契約期間が3年の有期労働契約をさらに3年更新した場合は、通算契約期間が6年になるため、4年目にはすでに無期転換申込権が発生していることになります。(図表5)

<図表5> 無期転換申込権の発生・行使の要件

<図表5> 無期転換申込権の発生・行使の要件
  • (出典) 厚生労働省「無期転換ルールについて」
    https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_21917.html

同一の使用者との間で有期労働契約を締結していない期間(無契約期間)が一定の長さ以上にわたる場合、この期間が「クーリング期間」として扱われ、それ以前の契約期間は通算対象から除外されます。
無契約期間以前の通算契約期間が1年以上の場合、無契約期間が6カ月以上であれば当該無契約期間以前の契約期間は通算契約期間に算入されません。無契約期間以前の通算契約期間が1年に満たない場合は、図表6のとおり、無契約期間が右欄に掲げる期間に該当するときは無契約期間より前の有期労働契約は通算契約期間に含まれません。

<図表6> クーリング期間

<図表6> クーリング期間
  • (出典) 厚生労働省「無期転換ルールハンドブック」P3
    https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/000518484.pdf

(3)無期転換後の労働条件

無期転換申込権を行使すると正社員になれる、待遇も正社員と同様のものになると勘違いをされる場合が多いですが、それは誤った認識です。無期転換申込権の行使によって、契約期間は有期から無期になりますが、無期転換後の賃金などの労働条件は、就業規則などで別段の定めがある部分を除き、直前の有期労働契約と同一の労働条件のままとなります。
したがって、使用者としては、無期労働契約に転換がされる労働者に対して、どのような労働条件を適用するかを検討した上で、直前の有期労働契約の労働条件とは異なるものとしたいということであれば、別段の定めをしておく必要があり、適用する就業規則などにその旨をあらかじめ規定しておくことが必要になります。

4.今回改正②:有期契約労働者に新たに明示が必要となる事項
<対象:有期契約労働者のみ>

有期契約労働者に対する労働条件明示ルールの変更については、新たに次の三つの明示が必要となります。
(1)契約更新上限の明示
(2)無期転換の申込機会の明示
(3)無期転換後の労働条件の明示

(1)契約更新上限の明示

企業によっては、無期転換ルールをもとに通算契約期間が5年を超えて無期転換申込権が発生するのを避けることを目的の一つとして、有期労働契約の更新に上限年数や上限回数を設けている場合があります。厚生労働省の報告※5では、有期契約労働者の勤続年数の上限を設定している事業所の割合は14.2%となっており、その上限年数をみると、「3年超~5年以内」が49.3%と最も多く、次いで「6カ月超~1年以内」24.4%、「1年超~3年以内」16.5%の順となっています。
今回の改正では、有期労働契約の締結と契約更新のタイミングごとに、更新上限(有期労働契約の通算契約期間または更新回数の上限)の有無と内容の明示が新たに必要になります。
すでに契約更新上限のルールを設けているのであれば、令和6年4月1日の施行日を待つ必要はなく、例えば次の契約更新のタイミングから、労働条件通知書(労働契約書)において契約更新上限のルールを記載し明確化しておくべきでしょう。
さらに、雇い止め告示の改正により、有期労働契約の更新上限を「最初の契約締結より後に更新上限を新たに設ける場合」および「最初の契約締結の際に設けていた更新上限を短縮する場合」には、その実行をする前にあらかじめ、その理由を労働者に説明することが必要となります。更新上限を新設または短縮しようと考えられているようであれば、同じく、令和6年4月1日の適用開始を待つことなく対応を進められることがよいでしょう。

  • ※5:厚生労働省「令和2年有期労働契約に関する実態調査(事業所調査)報告書」P24
    https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/172-2a-3.pdf

(2)無期転換申込機会の明示

厚生労働省の報告では、有期契約労働者のうち、無期転換ルールに関して知っている内容があると回答した割合は38.5%※6に留まる結果でした。また、自らの無期転換申込権が発生している人のうち、権利を行使した人の割合は27.8%※7となっており、無期転換ルールの認知度が低いことが課題とされています。
そのため今回の改正においては、無期転換ルールの認知度を高め、無期転換申込権が発生していることを明らかとすべく、無期転換申込権が発生する更新のタイミングごとに、無期転換を申し込むことができる旨(無期転換申込機会)の明示が新たに必要となります。
無期転換申込権の発生するタイミング、つまりは通算契約期間が5年を超える契約を更新するタイミング、そしてその際に無期転換申込権を行使しなかった場合には、その後の契約更新時にも無期転換を申し込むことができる旨を明示することになります。権利発生のタイミングの管理を行うとともに、当該契約更新時の契約書面においてその旨を明記するように、社内の管理体制を準備していきましょう。

  • ※6:厚生労働省「令和3年有期労働契約に関する実態調査(個人調査)報告書」P37
    https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/172-3a-3.pdf
  • ※7:厚生労働省「令和2年有期労働契約に関する実態調査(事業所調査)報告書」P14
    https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/172-2a-3.pdf

(3)無期転換後の労働条件の明示

無期転換申込権が発生する更新のタイミングごとに、無期転換後の労働条件の明示が必要になります。
3.(3)において解説したとおり、無期転換によって雇用期間は無期となりますが、それ以外の労働条件については別段の定めがなければ直前の有期労働契約の内容が引き続き適用となります。
しかしながら、無期転換後の労働条件を異なるものとしようとする場合にはあらかじめ別段の定めをしておく必要があるため、そのような意向がある場合には、就業規則などにその旨をあらかじめ規定し、特に有期労働契約とは異なりがある点についてわかりやすく明示をするとよいでしょう。
また、雇い止め告示の改正により、無期転換申込権が発生する更新のタイミングごとに、無期転換後の賃金などの労働条件を決定するに当たって、他の通常の労働者(正社員のほか、無期雇用のフルタイム労働者)とのバランスを考慮した事項(例:業務の内容、責任の程度、異動の有無・範囲など)について、有期契約労働者に説明するよう努めなければならないこととなります。

5.最後に

今回の改正への最終的な対応としては、労働条件通知書(労働契約書)の自社のひな型を新ルールに適合した形式※8へと修正し、その記載内容の例文も用意しておくなどの対応が必要となりますが、執筆時点ではまだ厚生労働省からQ&Aなどが出されていないため、改正内容の詳細がわからない部分があり、最終的な対応はその発表を踏まえて行う必要があります※9
しかしながら現時点においても、その前準備として、自社における「就業場所や業務の変更の範囲」や「無期転換後の労働条件」などについて検討を進めていくことは可能ですから、施行日直前となって検討や対応に慌てることがないよう、今のうちから準備に着手していくとよいでしょう。

  • ※8:厚生労働省「モデル労働条件通知書の改正イメージ」
    https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001080104.pdf
  • ※9:厚生労働省「令和6年4月から労働条件明示のルールが改正されます」
    https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_32105.html
【執筆者】

社会保険労務士法人 名南経営
 マネージャー
 佐藤 和之(さとう かずゆき)氏

保有資格:社会保険労務士
1985年生。名古屋生まれ名古屋育ち。大学在学中に社会保険労務士試験に合格後、名南経営に新卒で入社。現在は、企業の顧問社労士として、人事労務管理に関する相談・コンサル業務を主業務とし、主に中堅・上場企業から寄せられる課題の解決を行っている。中でも、労務デューデリジェンスや海外赴任者や外国人の労務管理、労働者派遣などを得意としている。