第18回賃上げを促すための所得拡大促進税制の見直し

※この文章は、税理士法人名南経営によるものです。

※この文章は、平成29年2月20日現在の情報に基づいて作成しています。具体的な対応については、貴社の顧問税理士などの専門家とご相談ください。また、本内容は、平成29年度税制改正に関する「所得税法等の一部を改正する等の法律案」(以下、平成29年度税制改正法案)に基づき作成していますが、改正法は国会の審議を経て決定するものであり、内容が変わる可能性がありますのでご留意ください。

平成29年度税制改正法案が平成29年2月3日に閣議決定され、国会に提出されました。その中で、所得拡大促進税制については、企業にさらなる賃上げインセンティブを与える機能を強化する観点から、前年度より2%以上の賃上げを実施した企業への支援が強化されます。これにより、企業収益の拡大が雇用の増加や賃金上昇につながり、消費や投資の増加に結び付くという経済の「好循環」を強化できると期待されています。
ところで、所得拡大促進税制については、平成25年度税制改正で創設されてから、すでに適用されている企業も多いかと思いますが、実務的には注意を要する点も多く、また、適用の誤りも散見されます。
本コラムでは、現行の所得拡大促進税制の概要と留意点、ならびに平成29年度税制改正法案の見直し内容を解説します。

1.所得拡大促進税制の概要と留意点

所得拡大促進税制は、「基準年度(後述)からの給与の増加額」の10%相当を法人税額から控除することができます。ただし、控除限度額として、当期の法人税額×20%(大企業は10%)が設けられています。そのため、適用は、まず大前提として、法人税が発生している必要があります。欠損金額が生じて法人税が発生しない事業年度には適用できません。
その上で、所得拡大促進税制の適用を受けるためには、次の図表1のとおり、①から③までの三つの適用要件を満たす必要があります。それぞれの要件についてその概要と留意点を解説します。

<図表1>三つの適用要件

  1. 要件①:「適用年度の給与」≧「基準年度の給与」×103%(大企業104%)(平成28年度の場合)
  2. 要件②:「適用年度の給与」≧「前年度の給与」
  3. 要件③:「適用年度の平均給与」>「前年度の平均給与」

要件①:基準年度の給与より3%(大企業は4%)以上の増加(平成28年度の場合)

所得拡大促進税制は、平成25年度税制改正で創設され、平成25年度から適用を開始しました。一つ目の要件では、その前年度の平成24年度(=基準年度)の給与と比較して、適用年度の給与がどの程度増加しているかによって適用できるかどうかの判定を行います。

(イ)対象となる給与

役員およびその役員の親族等を除き、その法人の国内の事業所に勤務する雇用者として賃金台帳に記載された者に対する給与で、その年度の損金の額に算入されるものに限られます。この点は、他の要件②や要件③でも同様です。
したがって、役員や役員の親族等に対して支払っている給与を除いているか、海外の事業所に勤務する雇用者の賃金を除いているかをよく確認する必要があります。

(ロ)基準年度と増加割合

基準年度は、原則として、平成25年4月1日以後に開始する各事業年度のうち最も古い事業年度の直前事業年度が該当します。具体的には次の図表2のとおりです。

<図表2>基準年度

決算月 基準年度 決算月 基準年度
3月決算 平成25年3月期 10月決算 平成25年10月期
4月決算 25年4月期 11月決算 25年11月期
5月決算 25年5月期 12月決算 25年12月期
6月決算 25年6月期 1月決算 26年1月期
7月決算 25年7月期 2月決算 26年2月期
8月決算 25年8月期 個人事業者 25年分
9月決算 25年9月期

また、基準年度の給与からどれだけ増加しているかを示す増加割合については図表3のとおりです。平成28年度の給与の場合は、中小企業では3%、大企業では4%増加しているかを判定することとなります。大企業については平成28年度以後ハードルが上がっていますので、注意しましょう。

<図表3>増加割合

  平成25年度 平成26年度 平成27年度 平成28年度 平成29年度
中小企業 2%増 2%増 3%増 3%増 3%増
大企業 4%増 5%増

要件②: 前年度の給与と同じ水準以上

二つ目の要件では、適用年度の給与が、前年度の給与と比較して同じか増加しているか判定します。これは、要件①で基準年度の給与よりも増加していたとしても、前年度から賃上げが行われていないのであれば、所得拡大促進税制の適用を認めないということです。

要件③: 前年度の平均給与より増加

所得拡大促進税制で検証に最も手間がかかる要件が、この三つ目の平均給与の要件です。そのため、実務上は、まず、要件①と要件②に該当するかどうかを判断してから、平均給与の抽出作業を行うこととなります。
要件①と要件②は、過去と比べた給与の総額の増加に過ぎないため、例えば、人を増やすだけでも満たすことが可能です。しかし、所得拡大促進税制の本来の目的は、一人ひとりの賃上げです。要件③の平均給与の要件を設けることによって、賃上げが個人にも波及しているのかを確認します。

(イ)平均給与の計算

平均給与は、『「継続雇用者」に対する給与』÷『「継続雇用者」の数の各月合計数』で求められます。つまり、「一人あたりの月給」を求め、これが前年度より増えているかどうかを判定します。

(ロ)「継続雇用者」とは

継続雇用者とは、適用年度とその前年度において継続して給与の支給を受けた国内雇用者のうち、雇用保険の一般被保険者をいいます。
例えば、前年度の退職者、適用年度の新卒採用者・再雇用者は継続して給与の支給を受けていないので、対象外となります。また、雇用保険の一般被保険者でないパートやアルバイトも除かれます。
実務上、よく質問があるのが休職者の取り扱いです。長期間休職し、片方の年度にしか給与の支給がない場合は、継続雇用者にそもそも該当しません。しかし、前年度から休職し、適用年度の途中から復帰するような場合には、両方の年度で給与の支給があるため、雇用保険の一般被保険者に該当する場合には、継続雇用者となります。

2.平成29年度税制改正法案の見直し内容

平成29年度税制改正法案では、さらなる賃上げへのインセンティブを強化するため、「前年度からの賃上げ率2%以上」を目安に制度が変わります。
中小企業については、図表4のとおり、平均給与が前年度から2%以上増加した場合に、「前年度からの給与の増加額」の「12%」相当が上乗せで税額控除できるようになります。
この12%相当の上乗せは、賃上げをした場合に、企業が負担する社会保険料(法定福利費)の増加に配慮したものとされています。

<図表4>「中小企業」の所得拡大促進税制の改正前後の比較

  改正前(平成28年度) 改正後(平成29年度)
適用要件 要件①:「適用年度の給与」≧「基準年度の給与」×103%
要件②:「適用年度の給与」≧「前年度の給与」
要件③:「適用年度の平均給与」>「前年度の平均給与」
税額控除額 「基準年度からの給与の増加額」×10% ① 平均給与が前年度から2%以上増加「前年度からの給与の増加額」×12%を左記の税額控除額に上乗せ
② 上記以外の場合 同左
控除限度額 当期の法人税額×20%

一方、大企業については、図表5のとおり、平均給与が前年度から2%以上増加する場合に限り、所得拡大促進税制が適用されます。そして、上乗せ部分は「前年度からの給与の増加額」の「2%」相当となります。

<図表5>「大企業」の所得拡大促進税制の改正前後の比較

  改正前(平成28年度) 改正後(平成29年度)
適用要件 要件①:「適用年度の給与」≥「基準年度の給与」×104% 要件①:「適用年度の給与」≥「基準年度の給与」×105%
要件②:「適用年度の給与」≧「前年度の給与」
要件③:「適用年度の平均給与」>「前年度の平均給与」 要件③:「適用年度の平均給与」≥「前年度の平均給与」×102%
税額控除額 「基準年度からの給与の増加額」×10% 「前年度からの給与の増加額」×2%を左記の税額控除額に上乗せ
控除限度額 当期の法人税額×10%

ただし、「前年度からの給与の増加額」が「基準年度からの給与の増加額」よりも大きい場合には、「基準年度からの給与の増加額」が限度となります。例えば、中小企業で給与が、基準年度の平成24年度:80、前年度:70、適用年度:90の場合、「前年度からの給与の増加額」は90−70=20となりますが、「基準年度からの給与の増加額」は90−80=「10」となるため、20ではなく「10」の12%相当が上乗せとなります。
あくまでも所得拡大促進税制は、基準年度からどれだけ賃上げが行われたかを重要と考えています。賃上げをして新しくできる上乗せ部分も税額控除を検討している場合には、このような限度額がある点に注意しましょう。

以上のように、賃上げを促進するための税制上の優遇措置として、所得拡大促進税制が設けられ、平成29年度税制改正法案では、さらに前年度からの給与の増加額の12%(大企業は2%)の上乗せ部分が税額控除できるようになりますが、控除限度額自体は見直されず、据え置かれている点にご留意ください。

【税理士法人名南経営】

名南コンサルティングネットワークの一社として、幅広い顧客層にさまざまな経営コンサルティングなどを実践している。