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第20回社員の交通事故の企業責任とは

※この文章は、株式会社名南経営コンサルティングによるものです。

※この文章は、平成29年4月10日現在の情報に基づいて作成しています。
具体的な対応については、貴社の弁護士や社会保険労務士などの専門家とご相談ください。

企業の営業活動においては、車両を用いることは一般的であり、これは地域や企業規模を問いません。自社所有、もしくはリース車両を用いるほか、従業員が所有する車両を用いることもあり、その実態をみると特段のルールもなく運用している企業が少なくなく、特に中小企業にその傾向が強い印象を受けます。そこで、本コラムでは業務用車両に関する労務管理のポイントについてまとめました。

1.事故発生時の企業のリスク

従業員が営業活動中に自動車事故を起こしてしまった、という話は多くの企業において時折聞かれる話です。ちょっと壁にぶつけてしまったとか、ガードレールに擦ってしまった、といった類から、他の車両や人と接触事故を起こしてしまったというケースもあります。交通事故の発生件数は減少傾向にあるとはいえ、平成28年には年間約50万件発生しており、残念ながら自社の従業員が運転中に歩行者と接触をして怪我をさせてしまったというケースも相当数存在するものと思われます。そうした事故においては、道義上の責任が問われるのはもちろんのこと、「行政上の責任」「刑事上の責任」「民事上の責任」が問われ、事故を発生させた本人のみならず企業に対しても責任が追求されるリスクがあることは理解しておかなければなりません。ここでいう「行政上の責任」とは道路交通法上の行政処分のことで、運転免許の取り消しや反則金の支払いなどをいい、「刑事上の責任」とは無免許運転や飲酒運転などにおける刑罰、「民事上の責任」とは被害者に対しての損害賠償などをいいますが、特に企業に対して追及されるのは、「民事上の責任」です。

使用者責任とは何か

企業が従業員の交通事故発生時において責任を追求される理由のひとつに、民法第715条の「使用者責任」という規定があります。使用者責任とは、被用者(従業員)が業務執行中に第三者に損害を与えた場合には、使用者(企業)はその損害を賠償しなければならないというものであり、業務に関連して交通事故を発生させたような場合には、まさにそれに該当します。
交通事故を発生させた従業員の言い分を聞くと「相手が悪い」と思われることもあるかもしれませんが、被害者保護の考え方が軸にありますので、従業員の過失が少しでもある限り、賠償金を支払う必要があります。この使用者責任を免れるためには、「被用者(従業員)の選任や監督について相当な注意を払っていたこと」や「相当な注意を払っていても損害が生じたであろうこと」を会社側が立証する必要があります。しかし、これは現実的には非常に困難なことです。

民法で定める「使用者責任」
  • 第七百十五条(使用者等の責任)
    ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
  • 2 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
  • 3 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。

同時に問われる運行供用者責任

さらに、自動車損害賠償保障法(自賠責法)第3条の「運行供用者責任」という規定もあります。これは、自己のために自動車の運行の用に供する者(運行供用者)がその運行によって人身事故を発生させた場合には、損害を賠償しなければならないと定めたものです。ここでいう運行供用者の認定基準は、裁判例などによると「その運行を支配していたか」「その運行によって利益が帰属していたか」などで、企業が運行供用者責任を免れるためには「運転者に自動車の運行に関して過失がなかったこと」「被害者または運転者以外の第三者に故意または過失があったこと」「自動車の構造上の欠陥や機能障害がなかったこと」のすべてを立証する必要があり、これも民法の使用者責任を免れることと同様に困難であると言わざるを得ません。

自賠責法第3条における運行供用者責任
  • 第三条(自動車損害賠償責任)
    自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によって他人の生命又は身体を害したときは、これによって生じた損害を賠償する責に任ずる。ただし、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと、被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があつたこと並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかったことを証明したときは、この限りでない。

2.企業としてしなければならないこと

結局のところ、自社の活動に使用する車両の運用について、企業がしっかりと管理をして従業員任せにしないことを徹底する必要があるわけです。特にルールを定めることなく運用をしている場合には、相当なリスクを抱えていることになりますので、ルールの制定は急ぐべきです。ルールの制定にあたっては、次の図表1に基づき、それぞれの場面に応じてルールを考える必要があり、特に曖昧になりやすい従業員個人所有の車両(マイカー)の業務利用などについては、さまざまな角度からルールを定め、「車両管理規程」「マイカー通勤管理規程」などの規程を整備しておく必要があります。

<図表1>

企業が保有する車両 従業員個人所有の車両
(マイカー)
業務利用 ルール制定 そもそも認めるのか否か
厳格なルール制定が必要
通勤利用 そもそも認めるのか否か
厳格なルール制定が必要
ルール制定
私的利用 そもそも認めるのか否か
厳格なルール制定が必要
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  • (作成)株式会社名南経営コンサルティング

必要となる日常的な労務管理

例えば、業務上または私用で交通違反を起こし免許取消処分などを受けたものの、会社には報告せず、いつもどおりに営業車両を無免許状態で運転して人身事故などを起こせば、当然、被害者感情は高まるばかりであり、管理責任の矛先が企業に向くことは明らかです。
また、従業員がマイカーを業務で利用して交通事故を起こした際、自動車保険(任意保険)に加入しておらず従業員本人に賠償する能力がなければ、使用者責任や運行供用者責任の観点から雇い主である企業がその賠償をしなければなりません。

以上のようなことから、規定の整備は当然として、重要となるのは日常的な労務管理です。例えば、営業用の車両を運転する従業員に対しては、毎年最低1回は運転免許証の写しの提出を求めること、業務上の交通違反時には必ず報告を求めること、プライベートにおける交通違反で免許取消などの処分を受けた際も必ず報告を求めることなどは、企業が使用者責任や運行供用者責任の賠償リスクを抑制するために必要な労務管理です。
また、従業員のマイカーを業務に利用させるのであれば、少なくとも一定の賠償額の自動車保険(任意保険)に加入していない限りは許可しないルールとし、それを証左する自動車保険(任意保険)の加入状況がわかるものを提出させることも必要です。
さらには、安全運転を心がけ、車両管理規程などを遵守してもらうために、入社時や1年に1回程度の頻度で、安全運転などに関する誓約書を提出してもらうことも行うべきでしょう。

盲点となっている「自転車」管理

企業の車両管理規定を考えるにあたって、盲点となりやすいのが「自転車」の管理です。営業のみならず、総務などの社用のために自転車を用意している企業は少なくありません。しかし、自転車も道路交通法では車両の一つと定義されていますので、自転車による交通事故も自動車による交通事故と同義で考える必要があります。実際、自転車による交通事故によって相手を負傷させてしまい数千万円の損害賠償を命じられるというケースもあり、そのことに備えるため、自転車についても保険加入が不可欠となります。
最近は、自転車専用の損害保険が損害保険会社などから販売されていますので、自社で自転車を保有する企業は、保険加入を速やかに行う必要があります。

道路交通法
  • 第二条(定義)
    この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
  • ~ 略 ~
  • 八 車両
    自動車、原動機付自転車、軽車両及びトロリーバスをいう。
  • ~ 略 ~
  • 十一 軽車両
    自転車、荷車その他人若しくは動物の力により、又は他の車両に牽引され、かつ、レールによらないで運転する車(そり及び牛馬を含む。)であつて、身体障害者用の車いす、歩行補助車等及び小児用の車以外のものをいう。
  • 十一の二 自転車
    ペダル又はハンド・クランクを用い、かつ、人の力により運転する二輪以上の車(レールにより運転する車を除く。)であつて、身体障害者用の車いす、歩行補助車等及び小児用の車以外のもの(人の力を補うため原動機を用いるものであつて、内閣府令で定める基準に該当するものを含む。)をいう。

3.最後に

企業の業務用車両によるさまざまなリスクは、ルールの制定や日常的な労務管理の徹底によって軽減されます。交通事故の発生は、従業員が被害者であっても加害者であっても、本人の身体や精神のみならず、社員や企業全体に大きな影響を及ぼしかねません。企業が使用者責任などを免れるという視点ではなく、安心して従業員が働くことができる環境を用意するために、ルールの制定や安全運転教育などを含む日常的な労務管理を徹底していただきたいと思います。

【株式会社名南経営コンサルティング】

名南コンサルティングネットワークの一社として、幅広い顧客層にさまざまな経営コンサルティングなどを実践している。