第28回がん患者の就労と企業の配慮
※この文章は、社会保険労務士法人 名南経営によるものです。
※この文章は、2017年10月20日現在の情報に基づいて作成しています。具体的な対応については、貴社の顧問弁護士や社会保険労務士などの専門家とご相談ください。
「がん」はいまや国民の2人に1人がかかる身近な疾患で、働く世代のがん患者も増加しています。がん罹患率は、30歳代後半から40歳代では女性が男性よりやや高く、50歳代から男女ともに増加し、高齢になるほど高くなります。60歳代以降は男性が顕著に高いです※1。女性活用・高齢者雇用が進むこれからは、働く方々ががんにかかる事態は、ますます増加することが予想されます。
もし従業員ががんになったら、企業はどのように対応すればよいのでしょうか。今回はがん患者の就労と、働き続けるために必要な企業の配慮について解説します。
- ※1:国立がん研究センターがん情報サービス 「最新がん統計」更新日:2017年9月20日
3.がん罹患(新たにがんと診断されること 全国推計値) 4)がん罹患率~年齢による変化
https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html
1.がん患者の就労実態
毎年約100万人が新たにがんと診断され、そのうち、3人に1人は就労可能年齢(20歳から64歳)で罹患しています。がんと診断された勤務者のうち、約3割が依願退職や会社都合の解雇により仕事を失っているのが現状です※2。
現在のがん治療は、身体への負担の少ない手術方法の発達や薬の進化により、入院期間が短くなる傾向にあり、外来で治療を継続することも多くなってきています。しばらくは何らかの配慮が必要になるかもしれませんが、仕事と治療を両立できる人も大勢いるのです。しかしこうした実態は、がん患者となった従業員側にも、雇用する企業側にも十分に周知されておらず、望まない離職や貴重な戦力の喪失につながってしまっています。
- ※2:厚生労働省「がん患者のおかれている状況と就労支援の現状について」平成28年12月8日
6ページ「性別・年齢別がん罹患者数」、8ページ「がん患者・経験者の就労問題」
https://ganjoho.jp/data/med_pro/liaison_council/bukai/data/shiryo8/20161208_03-2_1.pdf
2.がん治療のいま
(1)がん治療の多様化
近年のめざましい医療技術の進歩により、がん治療はその方法や治療期間、抗がん剤の副作用への対応などがどんどん多様化しています。がん治療は通常、手術、放射線治療、抗がん剤治療を中心に行われることが多いですが、その方法や組み合わせは多岐にわたり、術後の経過や抗がん剤の副作用も個人差が大きいです。たとえば放射線治療は、1週間に5日の治療を数週間行いますが1回の治療時間は短い場合も多いです。また抗がん剤治療は外来で行うケースが増えており定期的な通院が必要になります。企業側の配慮を検討するにあたっては、こうした実情を知るとともに、がん患者となった従業員の症状や治療法にあった配慮が求められるでしょう。
(2)経済的な問題と企業の損失
がん治療には非常に多くのお金がかかることがあります。保険診療以外の治療を選択した場合や、抗がん剤治療による脱毛のためにウィッグを購入することなどは、基本的に全額自己負担になります。退職する、収入を失うということはその後の治療や生活に大きな影響を及ぼします。がん患者となった従業員がショックや混乱のなかで退職について結論を出すことのないよう、落ち着いて自分の気持ちや治療方針が整理できてから話し合うといった配慮が必要になるでしょう。
従業員にとって、がんになっても働き続けられる環境があることは、大きな安心と満足につながります。企業にとっても、長年教育・指導して育ててきた優秀な従業員をがん罹患によって失うことは大きな損失です。お互いの利益のために環境整備を行う必要があるのです。
3.がん患者の就労継続のために必要な配慮とは
(1)企業の制度としての配慮
がん治療として手術が必要であれば、一定期間の休職を余儀なくされますし、退院後の通院治療が必要であれば、通院時間にあわせた休みが必要になります。これらは法定の休暇や労働時間制度ではカバーしきれないことも多く、就労継続の大きな壁となっています。短時間勤務やフレックスタイム制度など労働時間に関するものや、年次有給休暇の積立制度や時間単位の年次有給休暇制度など休みに関するものなど、自社に合った制度を用いて柔軟に対応することで、より一層治療と仕事を両立させやすくなるでしょう。
また、社会保険の被保険者であれば、傷病手当金や高額療養費の対象となるケースがあります。なかには障害年金を受けられる場合もあるかもしれません。こうした制度は請求しなければもらえないものがほとんどで、知らない人は機会を逃すことになります。がん患者となった従業員は、その混乱の中で短期間に治療方法や不在中の手配など多くのことを考えなくてはなりません。企業からこのような情報提供や手続き案内があれば、最大限の機会を利用することができ、安心して治療を受けることができます。
(2)上司や同僚など組織としての配慮
組織としての配慮で重要なものは「コミュニケーション」です。
がん患者となった従業員は「辞めさせられるのではないか、同僚に迷惑をかけるのでないか」、企業側は「働かせて大丈夫なのか、治療に専念したほうがよいのではないか」とお互いに不安や心配になるかもしれません。休職期間や退院後の治療内容、不在中の対応方法などをお互いに確認することで「コミュニケーション不足」による依願退職や解雇といった事態を防ぐことができます。
もう一つ忘れてはならないことが、職場の同僚への配慮です。
がん患者となった従業員の休職や配慮が必要な期間が長期に及ぶと、残された職場の同僚への業務負荷が増して疲弊してしまい、不満が噴出するケースがあります。業務の見直しや代替要員の確保を迅速に行うなど、誰がいつがんに罹患しても本人も周囲も安心して働き続けられる、本人が治療後に気持ちよく復職できる職場づくりは大変重要です。
(3)家族ががん患者になったときの配慮
従業員本人ががん患者になったときの配慮も重要ですが、従業員の家族ががん患者になったときの配慮も必要です。入退院時の付き添いや手術時の立ち合いなどがん患者となった家族のサポート、また小さい子どもや介護が必要な者がいれば、そのサポートも必要になるかもしれません。たとえ従業員本人ががんに罹患していなくても、就労継続の大きな壁となることがあるのです。
「家族は第二の患者」ともいわれており、実際にがん治療をする患者自身よりも、場合によっては身体的にも精神的にも負担が大きいことがあります。ここでもやはり「コミュニケーション」をしっかり行い、柔軟な労働時間制度や休暇制度などにおける配慮を検討することで、従業員だけでなくその家族にとっての安心につながるでしょう。
4.企業が知っておきたい就労継続と両立支援のポイント
(1)改正がん対策基本法の成立
平成28年12月9日に改正がん対策基本法が成立しました。今回新たに「事業主の責務」が新設され、がん患者の雇用の継続などに配慮するとともに、国または地方公共団体が講じるがん対策に協力することが定められました。努力義務ではありますが、事業主ががん患者の就労継続に配慮しなければならないことが法律に明記されたのです。これまでがん患者個人の問題として捉えられがちだったものが、国として企業として取り組んでいかなければならない重要な課題になったのです。
- 出典:厚生労働省 第63回がん対策推進協議会(資料)平成28年12月22日
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000146872.html
資料3 改正がん対策基本法の概要
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10904750-Kenkoukyoku-Gantaisakukenkouzoushinka/0000146884.pdf
(2)治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン
企業にとってがん患者の就労継続や両立支援のために参考となるのが「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」※3です。このガイドラインは、治療が必要な疾病を抱える従業員が、業務によって病状がますます悪くなることなどがないよう、企業において適切な就業上の措置を行いつつ、治療に対する配慮が行われるようにするため、関係者の役割、企業における環境整備、個別の従業員への支援の進め方を含めた、企業における取り組みをまとめたものです。
両立支援のために重要な役割を担うのが主治医だといわれています。病気の専門的なことは、罹患した本人も企業側も正確に知ることは困難なことがあります。現在の症状や治療予定、職場で配慮したほうがよいことなどを知ることは、本人にとっても企業にとっても、就労継続や両立支援を考えるためにとても重要なことです。
そこでこのガイドラインでは、巻末に「勤務情報を主治医に提供する際の様式例」「治療の状況や就業継続の可否等について主治医の意見を求める際の様式例」「職場復帰の可否等について主治医の意見を求める際の様式例」が掲載されています。このような様式を利用して、本人だけでなく主治医の客観的な意見を聞くことは、企業がより実態に即した就労継続や両立支援の対応を行うために役立つでしょう。
- ※3:厚生労働省 「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000113365.html
(3)助成金や自治体独自の支援
がん患者の治療と仕事の両立に向けて積極的に取り組む企業を支援するため、国や自治体では助成金などの支給制度があります。ここでは2つの制度について紹介します。
①障害者雇用安定助成金(障害・治療と仕事の両立支援制度助成コース)※4
労働者の障害や傷病の特性に応じた治療と仕事を両立させるための制度を導入する事業主に対して助成するものであり、労働者の雇用維持を図ることを目的としています。治療と仕事を両立させるための制度とは、時間単位の年次有給休暇、傷病休暇・病気休暇といった休暇制度や、短時間勤務制度やフレックスタイム制度といった勤務制度をはじめとした4項目に該当するものをいいます。注意すべきなのは、実際に助成金の対象となる労働者が発生して、その労働者への両立支援制度の導入について「両立支援制度整備計画」を作成して認定を受ける必要があることです。対象となる労働者がいない段階で申請することはできません。
- ※4:厚生労働省「障害者雇用安定助成金(障害・治療と仕事の両立支援制度助成コース)」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000162833.html
② 東京都難病・がん患者就業支援奨励金※5
難病やがん患者を、治療と仕事の両立に配慮して新たに雇い入れ、就業継続に必要な支援を行う事業主に奨励金を支給するものです。採用奨励金と継続雇用助成金に分かれており、最大1人あたり60万円が支給されます。どちらも東京都内の事務所に勤務していることが条件になりますが、このような自治体独自の助成金が創設されることは画期的で、今後このような動きが加速することが予想されます。
- ※5:東京都「東京都難病・がん患者就業支援奨励金」
https://www.hataraku.metro.tokyo.lg.jp/shogai/josei/nan_gan/index.html
5.最後に
がんになったらもう働けない、治療に専念しなければならない、というイメージを持っている人がまだたくさんいます。症状やステージ、がん患者本人の体力や考え方などにもよりますが、早期発見であればあるほどがんは「治る病気」となり、同時に「長く付き合う病気」でもあるのです。経済的な問題ももちろんありますが、働くことが生きがいであり、がんと闘う力の源となる人もいます。自分が、家族が、職場の同僚ががんになったらどうするか、一人一人が当事者意識をもって考えることで、就労継続や両立が可能となり、ひいては誰もが安心して生活できる社会につながっていくことでしょう。
【社会保険労務士法人 名南経営】
名南コンサルティングネットワークの一社として、幅広い顧客層にさまざまな経営コンサルティングなどを実践している。