第31回職場のいじめと企業の対策
※この文章は、社会保険労務士法人 名南経営によるものです。
※この文章は、2018年1月29日現在の情報に基づいて作成しています。具体的な対応については、貴社の顧問弁護士や社会保険労務士などの専門家とご相談ください。
特定の人物を標的にした職場のいじめや嫌がらせの問題は今に始まったものではありません。かつてその多くは当事者間の個人的な問題と扱われ、企業としての対応が求められることはさほど多くありませんでした。しかし、近年、社会全体でコンプライアンス意識が高まるにつれて、被害を受けた人が声を上げやすくなり、問題が表面化するケースが増えてきています。職場のいじめが問題となるケースは、職場環境を害されて退職を余儀なくされるもの、あるいは、職場のいじめが原因で精神疾患を発症するものであり、自殺という最悪の結果となる場合もあります。職場でのいじめは、労働者の健康や生活を脅かすだけではなく、企業としての責任が問われ、企業の社会的評価に悪影響を及ぼすことにもつながりかねません。企業には、職場のいじめを雇用管理上の課題と認識し、適切な対策を講じることが求められています。
1.見過ごせない職場のいじめ問題
従業員や退職者から寄せられる職場のいじめに関する相談は近年増え続けています。厚生労働省の発表資料によれば、都道府県労働局などに設置されている総合労働相談コーナーに寄せられる相談の中で、「いじめ・嫌がらせ」に関するものは最も多く、直近10 年を見ても右肩上がりに増えています(図表1)。増加の背景には、業務効率化や人手不足によって職場全体で余裕が失われていること、業務の個人単位化で人間関係が希薄になっていることなどがあるとされており、この状況は今後も続くものとされています。また、職場のいじめが原因で、うつ病や心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの精神疾患を発症したとする労災認定の申請件数も近年高止まりしています。
<図表1> 民事上の個別労働紛争 主な相談内容別の件数推移(10 年間)
- 〔出典〕厚生労働省「平成28 年度個別労働紛争解決制度の施行状況」
http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11201250-Roudoukijunkyoku-Roudoujoukenseisakuka/0000167799.pdf P.4
職場のいじめは、性的言動がからめばセクシュアル・ハラスメント、上司から部下など職場の優位性が背景にあればパワー・ハラスメントとなります。セクシュアル・ハラスメントやパワー・ハラスメントに関しては、社会的に認知が進み、管理職に対する研修を行うなど対策を講じている企業も増えています。しかし、企業のリスク管理、組織管理の面において、セクシュアル・ハラスメントやパワー・ハラスメントだけに注意していれば十分というわけではありません。ここに分類されない同僚間、あるいは組織ぐるみで行われる誹謗中傷や無視、仕事の妨害などへの対応も必要です。
昨今の雇用環境を見ると、有効求人倍率はバブル期を超えて推移しており、人手不足や採用難に拍車がかかっています。安定的な経営を行うためには、従業員の定着率や生産性をあげる必要がありますが、それとは裏腹に、社員のモチベーションが低下したり、離職が相次いだり、あるいはミスのもみ消しや不正が発覚するなど企業秩序の乱れが散見される場合は、その背景に職場のいじめが疑われます。
2.企業としての法的責任
職場で何らかのいじめが行われた場合、加害者個人は、企業秩序違反として就業規則上の懲戒処分の対象となるだけではなく、当該行為が暴行や名誉毀損、侮辱罪などの刑法違反に該当すれば刑事責任を負うことになります。また、民事責任として、不法行為による損害賠償責任を負う可能性もあります(民法第709 条)。
一方、企業が法的責任を問われる場合もあります。企業には、労働契約に付随して、労働者が安全かつ快適に就業できるよう職場環境を整備する義務があるとされています(労働契約法第5 条)。この義務に基づき、企業は労働者の就労を害する職場のいじめを予防し、実際に問題が発生した場合には直ちに是正措置を講ずる必要があります。この義務を怠り、従業員に損害を与えた場合は、債務不履行として損害賠償などの法的責任を負うことになります(民法第415 条)。
過去には、上司や同僚からいじめを受けた職員が自殺をした事件で、十分な善後策を取らないまま休職中の職員を復帰させ問題を悪化させたとして、使用者である市の責任を認めた裁判もあります(A 市水道局事件 東京高裁判平15・3・25)。
なお、近年では、従業員同士に限らず、いわゆるモンスターカスタマーやモンスターペイシェントと呼ばれる顧客や患者からのいやがらせに悩ませられるケースも見受けられます。こうしたケースであっても企業には従業員の安全を守る義務があるとされ、企業の責任が認められた判決もあります(医療法人社団B 会事件 東京地裁判平25・2・19)。
さらに、同僚間のトラブルであっても、職場内であれば、企業は民法第715 条の使用者責任に基づき、加害者を雇用する立場として、被害者に対する損害賠償責任を負います。職場のいじめに関する裁判では過去に数百万~数千万円の損害賠償が認められたケースもあります。その事実や金額はもとより、ひとたび裁判になると何よりも企業の社会的評価に悪影響を及ぼします。
3.求められる企業としての対策
職場のいじめに関して企業が最も避けねばならないのは、問題を見過ごし事態が深刻化してしまうことです。最悪の場合には従業員の自殺を招き、適切な対応をとらなかった企業の法的責任が問われることになります。よって、企業の対策としてまず行うべきは、今職場でいじめの問題が起きていないか確認することになります。確認の仕方として、従業員向けの相談窓口の設置は効果の高いひとつの手段です。厚生労働省の調査によれば、7 割以上の企業で相談窓口を設置しており、早期対応の有効手段とされています(図表2)。
<図表2> 従業員向け相談窓口の設置状況
- 〔出典〕 厚生労働省「平成 28 年度職場のパワーハラスメントに関する実態調査」
http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11208000-Roudoukijunkyoku-Kinroushaseikatsuka/0000163752.pdf P5
しかし、いじめを受けている人の中には会社に被害を言い出せない人もいるため、これだけでは十分といえません。また、最近では、SNS などを使って水面下でいじめが行われているケースもあり、実態を捉えにくいという課題があります。そこで、いじめの兆候を察知するという意味で、日頃から従業員の様子に目を配ることが重要になってきます。いじめによって精神的なダメージを受けている人は、さまざまな形でサインを発しています。急に遅刻早退が増えた、ミスを繰り返す、口数が減ったなどの変化が見られれば、精神の不調を疑い、声をかけるのが望ましいといえます。いじめる側の心理として、組織になじめない人や立場が弱くおとなしい人、入社や異動間もない人が対象になりやすい傾向があります。従業員全員を対象とするのが難しいようであれば、特にいじめの標的になりやすい人に絞って目を配るのがよいでしょう。
問題を把握したら、被害の拡大を阻止するために、直ちに事実確認を行う必要があります。過去には、性的ないやがらせの実態を把握しながらも、適切な調査を行わなかったとして、企業の不法行為を認めた裁判もあります(沼津セクハラ・F 鉄道工業事件 静岡地裁沼津支判平11・2・26)。調査の際に留意すべきは、対応者の傾聴姿勢と事実関係の正確な記録です。社内の担当者が事情聴取を行う場合、被害者、加害者双方に対する先入観を排除し、公正な立場で事実関係を確認する必要があります。また、事実関係の確認を行う際は、状況をより具体的に記録するために、図表3 のような相談受付票を用いるのがよいでしょう。
<図表3> 相談受付票
相 談 受 付 票 | |
第 回 相談日時 | 平成 年 月 日( ) : ~ : |
担当者 | |
相談者 |
|
行為者 |
|
問題行為 |
|
相談者の 感情・対応 |
|
第三者・目撃者 | |
他者への相談 |
|
相談者の意向 |
|
相談者の心身の状況 | |
相談者への対応 説明事項 |
|
次回予定 | 平成 年 月 日( ) : ~ : |
相談後の対応状況 |
- 〔出典〕厚生労働省「あかるい職場応援団」(ダウンロードコーナー)
https://www.no-pawahara.mhlw.go.jp/jinji/download/
https://no-pawahara.mhlw.go.jp/doc/pawahara_sodan.pdf 一部加工
そして事実確認の結果いじめの事実があると判断された場合は、事態の悪化を防ぐため、何よりも先に加害者に対していじめをやめるよう注意をし、その上で、行為の内容や被害者の意向を踏まえて、加害者の処分を検討します。
以上は、職場のいじめが発生した際の対応ですが、問題が発生していない企業でも予防的な対策が求められます。ここでキーになるのは管理職の役割です。日頃から円滑なコミュニケーションを促進し、過重労働でストレスがかからないよう適切な業務配分が求められます。
反対に管理職が多忙になり、職場内に目が行き届かなくなるといじめなどの危険性が高まるため注意が必要です。いずれにせよ、職場のいじめの問題に関しては、当事者間のトラブルとして傍観するのではなく、さまざまなリスクをはらんだ組織的な問題として対応することが求められます。
【社会保険労務士法人 名南経営】
名南コンサルティングネットワークの一社として、幅広い顧客層にさまざまな経営コンサルティングなどを実践している。