第56回高齢者雇用の注意点と法的動向

※この文章は、社会保険労務士法人 名南経営によるものです。

※この文章は、2020年3月31日現在の情報に基づいて作成しています。具体的な対応については、貴社の顧問弁護士や社会保険労務士などの専門家とご相談ください。

日本政府は、少子高齢化が急速に進み人口が減少する日本において経済社会の活力を維持するためには、すべての年代の人々がその特性・強みを生かし、経済社会の担い手として活躍できるように環境を整備することが必要だと考えています。
人生100年時代を迎えるなか、働く意欲がある高齢者がその能力を十分に発揮するための環境整備の一つとして、2020年3月31日に高年齢者雇用安定法(高年齢者等の雇用の安定等に関する法律 以下、高年法)が改正されました。この改正では、企業に対し70歳まで働く機会を確保することを努力義務としています。
今回は、企業にとって影響が大きいこの法改正の内容ならびに関連する法改正動向と、高齢者を雇用するときの注意点について取り上げます。

1.現行の高年齢者雇用安定法

まずは、現行の高年法を確認しましょう。現行法では、定年は60歳を下回ることはできないとされており、60歳以降は以下①から③のうちいずれかの制度を導入しなければならないことになっています。

  1. ① 65歳までの定年延長
  2. ② 65歳までの継続雇用制度の導入(子会社・関連会社での継続雇用を含む)
  3. ③ 定年の廃止

②の65歳までの継続雇用制度を導入している企業は、原則、希望者全員を定年後も引き続き雇用しなければなりません。ただし、労使協定に継続雇用する対象者を限定する基準を定めた上で、65歳まで継続して雇用する仕組みを導入している場合は、2025年3月31日まで対象者を限定できる経過措置が設けられています(注)。

  • (注)現行の高年法の施行時(2013年4月1日)に、この仕組みは廃止されました。ただし、施行日以前(2013年3月31日まで)にこの仕組みを導入しており、かつ施行日以降も継続して導入している場合は、60歳から64歳まで段階的に引き上げられている老齢厚生年金(報酬比例部分)の支給開始年齢(男性の年金支給開始年齢に合わせ男女同一の年齢)までは、原則、希望者全員を継続雇用する経過措置が設けられました。つまり、支給開始年齢以上の希望者には、労使協定により継続雇用する対象者を限定する仕組みが適用されることになります。

2.高年齢雇用安定法の改正

2020年3月31日の参院本会議で改正高年法が可決、成立し、来年4月から適用されることが決まりました。
改正高年法は、企業に70歳までの就業機会の確保措置を講ずることを求めています。しかし、65歳以降の者においては、体力や健康状態その他の本人を取り巻く状況などが、それ以前に比べて一般的に個人差が大きくなることから、さまざまな選択肢が設けられています。この70歳までの就業機会確保措置の選択肢は、以下①から⑦の通りです。

  1. ① 70歳までの定年延長
  2. ② 70歳までの継続雇用制度(子会社・関連会社での継続雇用を含む)
  3. ③ 定年廃止
  4. ④ 他の企業(子会社・関連会社以外の企業)への再就職の実現
  5. ⑤ 個人とのフリーランス契約への資金提供
  6. ⑥ 個人の起業支援
  7. ⑦ 個人の社会貢献活動参加への資金提供

①および②は、現行の高年法の制度を、65歳から70歳に変えたものです。注目すべきは、④~⑦の選択肢です。
④は、自社の従業員が、65歳以降は子会社・関連会社以外の全く資本関係がない企業で働くという制度です。②で示されている通り、現行は、資本関係がある子会社・関連会社などのグループ企業間であれば、自社で雇用を継続しなくとも継続雇用制度を導入していることとみなされます。今回の改正は、グループ企業以外の企業まで対象が広がるということです。ただし、この④の制度を導入する場合には、他の企業の斡旋や紹介に留まらず、自社の従業員を他の企業において引き続き雇用する契約を法人間で締結していることが要件となります。
⑤~⑦は、雇用以外の措置です。現行の高年法では「雇用」という観点からの対策を求めていますが、今回の改正では「雇用」に限らない「委託契約等」の選択肢が設けられているのが特徴です。ただし実際は、その対象者や対象業務は限られると考えられ、労働関係法令による規制が及ばないことから、過半数代表者※1の同意を得た上でなければ導入できないことになっています。
このように、改正高年法では、グループ企業以外での雇用や委託契約等の就業機会措置といった選択肢も設けられ、これらは一つのみに限らず、複数の選択肢を組み合わせて導入することも考えられます。
この改正高年法は、第一段階として2021年4月から努力義務としてスタートし、第二段階で義務化へと、段階的に施行される予定です。義務化になる時期は2025年以降と想定されますが、今後、指針などで詳細が示されますので、企業は注視していく必要があります。

  • ※1:労使協定を締結するときに、労働者の過半数を代表者する者として選出された人

3.老齢年金等年金制度の改正動向

(1)在職中の年金受給の在り方の見直し

60歳以上の従業員においては、老齢年金についても関心が高いところです。老齢年金を受給しながら企業で厚生年金の被保険者として勤務する場合は、賃金(賞与を含む)と年金が一定額を超えると年金が減額される仕組みになっています。これを在職老齢年金と呼んでいますが、厚生労働省の「年金制度に関する総合調査」※2では、厚生年金の被保険者(第2号被保険者)において、以下の結果が出ています。
◇年金額が減らないよう、収入が一定額に収まるよう就業時間を調整して働く
 60歳~64歳・・・56.4%
 65歳~69歳・・・39.9%
これは、在職老齢年金の計算方法が65歳未満と65歳以上では異なり、年金が減額される賃金と年金の合計額の基準が、65歳未満は28万円、65歳以上は47万円と、65歳未満の老齢年金の方が大幅に減額されるためです。
年金の減額が大きいために、65歳未満の人の就労意欲が削がれている状況を改善するため、2022年4月からは65歳未満の老齢年金においても、65歳以上の在職老齢年金の計算方法を用いて、減額の幅がかなり縮小される予定です(図表1)。なお、この改正は年金制度改正法案(年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律案)の国会での成立が条件となります。

<図表1> 在職老齢年金の減額となる基準

区 分 賃金(*)+年金月額 2022年4月~
(予定)
賃金(*)+年金月額
60歳~64歳 28万円を超える場合 47万円を超える場合
65歳以上 47万円を超える場合

(*)直近1年間に支払われた賞与÷12の金額を含む

  • ※2:厚生労働省年金局「年金制度に関する総合調査 結果の概要」(令和元年10月9日)
    P17「10 在職老齢年金制度と就労についての意識」
    https://zenkokurenmei.org/pop/fget57

(2)受給開始時期の選択肢の拡大

改正高年法により、今後は70歳までの就業機会の確保措置が講じられることに伴い、年金においても、選択できる受給開始時期が拡大される予定です。現在、年金の受給を開始できる期間は60歳~70歳までの間ですが、2022年4月からは、60歳~75歳までと、繰り下げできる年齢が5歳拡大される予定です。
65歳から受給できる年金を1年以上繰り下げて受給する場合は年金額は増額され、その増額率は、1カ月当たり0.7%です。例として、10年間繰り下げて75歳から受給する場合には、0.7%×12カ月×10年=84%の増額になります。反対に、65歳から受給できる年金を65歳前に繰り上げて受給する場合は年金額が減額されます。現在は1カ月当たり0.5%の減額ですが、この減額率は見直され、1カ月当たり0.4%となる予定です。なお、この改正は年金制度改正法案の国会での成立が条件となります。

4.雇用保険の改正

(1)高年齢雇用継続給付の改正

5年以上雇用保険の被保険者である60歳以上65歳未満の従業員の賃金が、60歳到達時に比べて75%未満に低下した場合は、60歳以後に支給される賃金の最高15%が高年齢雇用継続給付として支給されます。例えば、60歳到達時の賃金が40万円、60歳以降の賃金が24万円の場合、賃金の低下率は60%になりこの場合15%が適用され、24万円×15%=3万6千円が高年齢雇用継続給付として支給されます。この高年齢雇用継続給付は、毎月支払われた賃金ごとに計算され、最大15%となっています。
60歳定年退職後の継続雇用者の賃金は一般的に低下しますが、この高年齢雇用継続給付を考慮した上で60歳以降の賃金を決定している企業もあります。しかし、この高年齢雇用継続給付も見直しが行われ、2025年4月からは、給付割合が最大15%から10%へ縮小されます。従業員にとってもこの高年齢雇用継続給付の縮小は影響が大きいと考えられるため、早めの周知により混乱を防ぎたいところです。

(2)65歳以上の高年齢被保険者の特例

雇用保険の被保険者となるには、以下①および②の要件を満たすことが必要です。
 ① 31日以上引き続き雇用されることが見込まれる者であること
 ② 1週間の所定労働時間が 20 時間以上であること
改正高年法により65歳以降も継続雇用された場合に、週20時間未満の短時間勤務となることも想定されます。65歳以上の雇用保険被保険者を高年齢被保険者といいますが、高年齢被保険者は1カ所で②の基準を満たさない場合でも、複数の会社に勤務しその労働時間の合計が週20時間以上となる場合は、各社で働く時間を合算する特例が設けられ、高年齢被保険者失業給付を受給できるようになります。この改正は、2022年4月から適用される予定です。
これに関連して、労災保険制度も見直しが行われます。複数の会社で働く場合の労災保険給付について、それぞれの会社での賃金を合算して給付基礎日額が算定されるようになります。例えば、複数勤務者の月収賃金が、A社では20万円、B社では10万円で、その者の月収合計は30万円であっても、B社の業務において怪我をして休業をした場合、現在の休業補償はB社の月収賃金の10万円のみで算定されます。このような不都合を改善するために、今後は、複数勤務者の場合の労災保険給付は、複数の会社の賃金を合算して算定されるようになります。この賃金合算の特例は、65歳以上の雇用保険の高年齢被保険者に限らず、全ての複数勤務者が対象となります。
現在、国は働き方改革の一環として、副業・兼業の普及を進めています。複数勤務者における雇用保険の高年齢被保険者の特例と、労災保険給付の賃金合算の特例によって、セーフティネットを整備し、さらに副業・兼業を普及させることがねらいです。

5.高齢者雇用の注意点

(1)高齢者の賃金と同一労働同一賃金

高齢者雇用を進めるにあたっては、2020年4月(中小企業は2021年4月)より施行される同一労働同一賃金について考慮する必要があります。定年退職後は、職務の変更があることを理由に処遇を引き下げることが一般的ですが、中には同一の職務であっても有期雇用契約に切り替え、処遇を下げていることがあります。その場合、賃金水準は定年時と比べて6割程度に下げ、その補填として「高年齢雇用継続給付」や「在職老齢年金」を活用することが多くみられます。
定年前と同様の職務内容でありながら、処遇のみを一方的に引き下げることは、労使トラブルを引き起こす原因となります。労働契約法第20条では、正社員と有期雇用契約の従業員との間の不合理な労働条件の相違を禁止しています。また、最高裁判例の「H社未払賃金等支払請求事件」では、配車ドライバーという同じ職種において、無事故手当、作業手当、給食手当、通勤手当について、無期契約か有期契約かによる相違は不合理としています。
実態として、定年退職後の処遇の引き下げにより、モチベーションが低下している高齢者も存在します。同一労働同一賃金の観点からも、その処遇の引き下げの理由がきちんと説明できることが求められます。
近い将来、企業では従業員に対し70歳まで就業を確保することが求められます。高齢者の賃金は、処遇ありきではなく、「何をやってもらうのか」という視点で、高齢者に担ってもらう役割を検討する方法が考えられます。また、高齢者の賃金設計は高齢者のみの賃金だけでなく、若い年齢層も含めた会社全体の人件費をどう分配するかという視点での検討が必要です。

(2)健康管理

高齢者は、健康面に不安を感じている人も多く、身体に不調が生じる可能性も高くなります。厚生労働省では、「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」※3を公表し、高齢者が安心して安全に働ける職場環境づくりや、労働災害の予防的観点からの高齢者の健康づくりの取り組みを示しています。その中で、事業主には、健康診断や体力チェックにより把握した個々の高齢者の状況に応じて、安全面や健康面に配慮した適切な業務を与えることなどを求めています。
具体的な取り組み方法については、中央労働災害防止協会ホームページ「エイジアクション100」※4で詳細に紹介されています。この職場改善ツールを活用することにより、職場の課題の洗い出し、改善に向けての取り組みを継続的に進めることができます。

  • ※3:厚生労働省「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」
    https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_10178.html
  • ※4:中央労働災害防止協会「エイジアクション100」
    https://www.jisha.or.jp/research/ageaction100/index.html

(3)柔軟な勤務体制

加齢に伴う身体・精神機能の低下や健康状態については、個人差が大きくなります。身体・精神機能が大きく低下した場合や大病を患った場合には、これまで通りの勤務時間や職務内容で働くことが難しくなることが考えられます。また、老老介護問題として取り上げられるように、従業員自身が元気であっても、親、配偶者、兄弟姉妹などの介護を行っている従業員も少なくありません。

この観点からも、勤務時間、職務内容の変更についてこまめな配慮が求められます。職場全体でフォローし、柔軟に対応できるような勤務体制を普段から整えておくことが必要です。

人生100年時代と言われる中、高齢者に関係する法律は今後も頻繁に改正されていくことが予想されます。
職業人生が長くなるほど、年代のステージごとに、フルタイム勤務、短時間勤務、在宅勤務、あるいは請負・委託契約など、さまざまな働き方の工夫、選択肢が必要となります。
誰もが生き生きと、健康で、意欲をもって働き続けられるような職場環境を整えていくことは、今後の企業の使命とも言えるでしょう。

【社会保険労務士法人 名南経営】

名南コンサルティングネットワークグループの一社として、幅広い顧客層にさまざまな経営コンサルティングなどを実践している。