第61回従業員の健康管理と健康経営優良法人認定制度

※この文章は、社会保険労務士法人 名南経営によるものです。

※この文章は、2020年9月30日現在の情報に基づいて作成しています。具体的な対応については、貴社の顧問弁護士や社会保険労務士などの専門家とご相談ください。

平均寿命の伸びや出生率の低下により少子高齢化が急速に進んでいます。このままでは、社会を支える役割を中心的に担う働き手の数は少なくなり、経済や社会の地盤沈下を招きかねません。将来の経済などの安定化を維持するためには、生産性の向上や労働力の確保の重要性が求められるようになってきました。働き方改革関連法をはじめとした一連の法改正はその一例であり、長時間労働の抑制や、育児や介護などの一定の制限がある人でも柔軟に働くことができるような環境が整いつつあります。
一方で、多くの企業においては従業員の高齢化が進み、従業員ががんをはじめ何らかの疾病を罹患したことによって通常通りに就労することが難しいケースが散見されるようになってきました。企業内の役員や管理職が重大な疾病に罹患すれば、企業の存続に影響が生じることもあるため、働き方改革に伴う生産性の向上とともに、従業員が健康で高いパフォーマンスを発揮できるための取り組みとして健康経営®が注目を浴びるようになってきています。
本コラムでは、従業員の健康管理と健康経営優良法人認定制度について解説します。

  • *「健康経営®」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。

1.健康経営とは

健康経営とは、「従業員の健康保持や増進についての取り組みは将来の企業の収益性などを高める投資である」といった考えから、従業員の健康管理を経営的な視点で捉え、戦略性を持って実践することをいいます。実際、企業内において持病を抱える従業員は少なくなく、管理職に登用しようにも健康上の問題で本人から辞退されたり、任せる仕事を抑制したりすることで企業の成長の阻害要因となることもあります。そうした問題が発生してはじめて従業員が健康で働くことができることの重要性に気づくのでは遅いのです。
少子高齢化の影響などにより、誰かが辞めれば新しい人材を募集して補充をすればよいという従来の発想では、そう簡単に人材確保ができない状況である昨今、人材の定着という観点から従業員の健康管理に関心を高める企業が増えています。このことは、健康経営というキーワードを耳にすることが増えていることからもわかるでしょう。

2.健康経営を認定する「健康経営優良法人認定制度」

従業員が健康であり続けることは、多くの企業が求めることですが、その取り組みに客観性を持たせ、かつ見える化させる仕組みを経済産業省が旗を振って行っています。その代表的な仕組みが「健康経営優良法人認定制度」※1です。健康経営に係る顕彰制度の概要は図表1の通りです。この「健康経営優良法人認定制度」は、平成28年度に創設され、令和2年10月1日現在、大企業法人部門(上位500法人を「ホワイト500」と認定)では1476法人、中小規模法人部門では4815法人が認定されています。認定を受けることによってインセンティブを持たせる自治体や企業も増えていることもあって、多くの企業が高い関心を寄せています。例えば、自治体の公共調達において有利になったり、融資の際の金利の優遇を受けることができたりといったメリットを享受できることもあります。また、保険会社からも企業に対しての団体保険などにおいて保険料が割引となることもあります。

  • ※1:経済産業省「健康経営優良法人認定制度」
    https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenkoukeiei_yuryouhouzin.html

<図表1> 健康経営に係る顕彰制度の概要

  • (出典)経済産業省 ヘルスケア産業課「健康経営の推進について」P24-25
    https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/downloadfiles/180710kenkoukeiei-gaiyou.pdf

3.健康経営優良法人の認定に向けての評価項目

健康経営優良法人の認定を受けるには、一定の取り組みを行ったことを証明しなければなりません。認定にあたっては、企業の規模によって大規模法人部門と中小規模法人部門の二つに分類されます(図表2)。

<図表2> 健康経営優良法人の申請区分

  • (出典)経済産業省 健康経営優良法人の申請について「4.認定対象」
    https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenkoukeiei_yuryouhouzin_shinsei.html

認定のための要件は、健康経営優良法人2021の場合、大規模法人部門と中小規模法人部門に分けて図表3の通り定められています。「経営理念(経営者の自覚)」「組織体制」「制度・施策実行」「評価・改善」「法令遵守・リスクマネジメント(自主申告)」の五つの大項目について、細分化された評価項目を、企業規模に応じて必須項目や選択項目として組み合わせ、一定のラインに到達していることが必要となります。
特に「制度・施策実行」や取り組みに対する「評価・改善」は、重要なポイントとなります。つまり、具体的な取り組みを行ってその検証をしながら改善を図っていかなければならないということであり、単に頑張っていきましょうというスローガン的な取り組みではいけないということです。

<図表3> 健康経営優良法人2021 認定要件

  • (出典)経済産業省 ヘルスケア産業課「健康経営の推進について」P37-38
    https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/downloadfiles/180710kenkoukeiei-gaiyou.pdf

4.認定取得に向けた具体的な取り組み

認定要件のうち、企業規模に関係なく必須項目である「経営理念(経営者の自覚)」においては、健康宣言を社内外に発信することが必要です。つまり、総務担当者がいくら健康経営について取り組もうと努力をしても経営トップがそうした意識を持たないといけないということで、申請にあたっては、大規模法人においてはアニュアルレポートにおける発信など証拠書類が必要となります。また、「組織体制」においては、健康づくり担当者の設置が必要で、大規模法人ではその責任者が役員以上であることが求められます。
選択項目は、多くの企業においてそれほどハードルが高いものではないことがわかると思います。例えば、「制度・施策実行」の「健康課題の把握」という選択項目では、定期健康診断受診率が100%であることが求められますが、そもそも既にコンプライアンスを遵守している企業においては、従業員に対しての健康診断は確実に実施されているものと考えられますので、要件の一つは満たします(労働安全衛生規則第44条において、常時使用する労働者に対して1年に1回定期健康診断を行わなければならないと定められています)。
その他にも、例えば社員ががんに罹患したときを想定して、がん罹患者を講師として社内研修に招き、実際に何が大変であったのかなどを話してもらい、その延長線として抗がん剤治療のための通院休暇を設けるなど、社内規定の見直しを行って、「病気の治療と仕事の両立の促進に向けた取り組み」として確立することが考えられます。また、「運動機会の増進に向けた取り組み」として、毎朝みんなでラジオ体操をすることなども考えられます。

5.健康経営の取り組み効果

「健康経営優良法人認定制度」の認定の取得は、会社が一丸となって取り組むことになりますので、さまざまな効果が期待できます。検討段階から、認定取得のためにわが社はどういった取り組みを行うべきかを考えることになり、企業内に健康経営に対する理解や一体感が生じることも大きな効果です。
経済産業省による健康経営優良法人2018認定法人に対してのアンケート調査結果においては、従業員の健康に関する意識の高まり、企業イメージの向上、さらには社内におけるコミュニケーションの促進や従業員のモチベーションの向上といった効果が顕著に現れたことが示されています(図表4)。そして、その活き活きとした取り組み光景を企業パンフレットや求人の際のPR用写真として掲載し、人材確保においてプラスに働いたといったケースも少なからずあるようです。
また、離職率という点においても、職場の活性化による一体感が向上するためか、健康経営への取り組みに積極的な企業は、何も取り組みをしていない企業に比べ離職率が半分以下であることが経済産業省における調査結果によってわかります(図表5)。従って、「健康経営優良法人認定制度」の認定の取得は、安心して働くことができる職場環境であることを対外的に示すバロメーターとして捉えることもできるのではないかと思います。

<図表4> 「健康経営優良法人」認定による変化・効果

  • (出典)経済産業省 ヘルスケア産業課「健康経営の推進について」P32
    https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/downloadfiles/180710kenkoukeiei-gaiyou.pdf

<図表5> 健康経営企業の離職率

  • (出典)経済産業省 ヘルスケア産業課「健康経営の推進について」P47
    https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/downloadfiles/180710kenkoukeiei-gaiyou.pdf

6.まとめ

従業員に定着して長く働いてもらいたい、と考える企業は少なくありません。そのために多くの企業では、同業他社に劣後しない賃金水準を確保する傾向があります。例えば他社が初任給を205,000円で設定していたのであれば、210,000円で設定するといったように、です。確かに、賃金というのは従業員が働くにあたっての重要なポイントであることは間違いありませんが、初任給が5,000円他社よりも高いからといって多くの人がその企業に必ずしも流れるわけではありません。実際には、職場の雰囲気や、従業員のことをきちんと考えてくれるか、ということも応募にあたっての重要なポイントです。
そのためには、従業員の健康増進を図ることによって結果として組織風土をより良いものに変えていく取り組みを考えていく必要があり、「健康経営優良法人認定制度」の認定の取得はその過程も含め有意義なものであると思います。

【社会保険労務士法人 名南経営】

名南コンサルティングネットワークの一社として、幅広い顧客層にさまざまな経営コンサルティングなどを実践している。