第65回トラブルを招かない正社員登用制度の運用ポイント

※この文章は、社会保険労務士法人 名南経営によるものです。

※この文章は、2021年1月31日現在の情報に基づいて作成しています。具体的な対応については、貴社の顧問弁護士や社会保険労務士などの専門家とご相談ください。

1.はじめに

2020年秋、同一労働同一賃金に関連する複数の最高裁判決が出されました。その内容はマスメディアによって大きく報道されましたので、注目された方も多かったのではないかと思います。同一労働同一賃金とは、同一企業内において正社員といわれる正規雇用労働者と、パートタイマーやアルバイト、契約社員などの有期雇用労働者を中心とした非正規雇用労働者の間の不合理な待遇差の解消を目指す制度です。
2020年4月1日に、それまでの「パートタイム労働法」※1が労働契約法第20条※2を統合のうえ改正され、新たに「パートタイム・有期雇用労働法」※3として施行され、同一企業内において、正規雇用労働者と非正規雇用労働者との間で、基本給や賞与などのあらゆる待遇について、不合理な相違を設けることが禁止されました。
「パートタイム・有期雇用労働法」は、1年間の猶予があった中小企業においても2021年4月1日より適用されることになり、同一労働同一賃金の対応を行わなければなりません。最近の最高裁の判決も踏まえ、その対応を確実に進めることが求められています。

  • ※1:正式名称「短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律」
  • ※2:同一の使用者と労働契約を締結している、有期契約労働者と無期契約労働者との間で、期間の定めの有無により不合理に労働条件を相違させることを禁止するルール
  • ※3:正式名称「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」

2.2020年秋の最高裁判決

2020年秋、同一労働同一賃金に関連して、以下①~⑤の最高裁判決が相次ぎました。特に①②については非正規雇用労働者に対しての賞与や退職金の支払いが焦点のひとつでしたので、大きな注目を浴びました。

  1. ①O医科薬科大学事件(2020年10月13日判決)※4

    (判決結果)非正規雇用労働者に対しての賞与および私傷病欠勤中の賃金の相違について不合理であるとはいえない

  2. ②Mコマース社事件(2020年10月13日判決)※5

    (判決結果)非正規雇用労働者に対しての退職金支給の相違について不合理であるとはいえない

  3. ③N社事件<東京事件>(2020年10月15日判決)※6

    (判決結果)非正規雇用労働者に対しての年末年始勤務手当および病気休暇の相違について不合理である

  4. ④N社事件<大阪事件>(2020年10月15日判決)※7

    (判決結果)非正規雇用労働者に対しての年末年始勤務手当、祝日割増賃金および扶養手当の相違について不合理である

  5. ⑤N社事件<佐賀事件>(2020年10月15日判決)※8

    (判決結果)非正規雇用労働者に対しての夏期休暇および冬期休暇の相違について不合理である

マスメディアの報道の中には、①②について、非正規雇用労働者に対して賞与や退職金の支払いは不要といった結論が強調されていたものもありましたが、判決文を精読すると結論ありきの考えはトラブルを引き起こす可能性があることに注意しなければなりません。具体的には、正規雇用労働者と非正規雇用労働者との間には、当該業務についての責任の程度などが異なっており、①に至っては非正規雇用労働者の仕事について「相当に軽易であった」とまで言及しています。また、アルバイトから契約社員、契約社員から正社員への登用制度が用意されており、実際に登用試験を通じて登用されている人材が多数存在することで雇用区分が固定化されていないといった点が判決の背景にありました。逆説的に考えれば、そうした登用制度が存在しなければ異なった判決になったと考えることもでき、「正社員登用制度」は非正規雇用労働者を抱える企業にとっては、非常に重要で注意しなければならない労務管理のひとつです。

  • ※4:裁判所 https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=89767
  • ※5:裁判所 https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=89768
  • ※6:裁判所 https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=89772
  • ※7:裁判所 https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=89773
  • ※8:裁判所 https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=89771

3.トラブルも発生する正社員登用制度~ある労働裁判例から~

企業によっては、パートタイマーから正社員に登用した実績があり、それをもって正社員登用制度が存在していると認識していることがあります。特に中小企業においては、優秀なパートタイマーに個別に声を掛けて、処遇をもう少し引き上げるから正社員にならないかと持ち掛けるスタイルで登用したケースが多く、「頑張っていて」「上司が主観的に判断をして」「個別に声を掛けて」といった3つの要素を満たした場合に登用されるといった運用が相当数みられます。
そうした実績を持って「正社員登用制度有り」と求人票に掲載して人材募集を行うことは、トラブルが発生しかねません。
以下に紹介する労働裁判は、実際に正社員登用制度が整備され、それに基づき運用していたものの、その制度を巡って労働裁判にまで発展した事例です。

Hバス社事件(大阪地裁・2016年2月25日判決)

  • ・ 契約社員として勤務していた従業員3人(ABC)が正社員登用試験を受験する機会が与えられなかったことが債務不履行や不法行為に該当するとして慰謝料1人200万円などを求めた裁判。
  • ・ 就業規則においては、「契約社員としての雇用期間が満4年に達した者のうち契約更新の要件に該当しないなど、勤務成績や健康状態が適格と認められる者について所属長の上申に基づいて正社員の登用試験の受験資格を与える。なお、受験回数は3回を限度とする」と定めている。
  • ・ Aは応募の際に電話で「4年間の契約社員の期間後に正社員に登用される。正社員の登用には試験があるが、大きな事故やクレームなどがなく、勤怠に問題がなければ合格できる」と説明を受けていた。
  • ・ Bは求人広告で正社員登用試験制度がある旨の記載を見ており、常々営業所の掲示板に張り出されていた正社員登用試験の実施案内に関心を寄せていた。その際、先輩から遅くとも4年で正社員登用試験を受けることができる、との話を聞かされていた。そのため、Bは4年経過したらすぐに受験できると理解していた。
  • ・ Hバス社では当時、年2回正社員登用試験が実施されていた。ABCの主張は、そもそも雇い入れる際に、雇用期間が満4年に達した場合、直近に実施される正社員登用試験を受験することができる旨の説明を会社は行っておらず、平成○年○月31日までに正社員となった同年齢の従業員と比して生涯年収で格差が生じること、また、正社員登用日が遅れたことによって、退職金額(基本給連動型)も減少することが見込まれること、さらに、(説明を受けていない)年2回しか試験を実施していないことで正社員登用が3カ月遅れたことにより将来にわたって不利益が継続することは確実であり、多大な精神的苦痛を受けたことなどで慰謝料等を請求。
  • ・ 裁判所は、正社員登用試験導入の経緯、同試験の実施状況などを鑑みれば、従業員らが主張するような法的義務(説明義務)があるとは解し難く、会社は経営状況や事業計画などを総合的に勘案して決定して実施していると認められ、慰謝料等の請求を棄却。

このケースは特別に極端な例というわけではありません。労働者にとってはお金が絡む問題は極めて重要です。勤続4年経過すればすぐに正社員登用試験を受験できると勘違いしたことで、年2回実施される試験までの3カ月間の不都合は納得できなかったのでしょう。その結果、労使の信頼関係が崩れて労働裁判にまで発展してしまいました。正社員登用制度が用意されていてもこのようなトラブルになるわけですから、前述したような上司の主観的判断による個別の声掛けといった運用は、なおさらトラブルに発展しやすいと考えられます。同じように働いていても声を掛けられなかったり、自分よりも後に入社した人材が先に声を掛けられたり、判断基準が曖昧であれば穏やかな心情ではいられないのが普通ではないかと思います。

4.正社員登用制度において注意すべき着眼点

正社員登用制度の制度設計にあたっては、公平かつ客観的な基準に基づくことが基本です。また、企業の目的や環境に合致するかどうかという視点も考慮しなくてはなりません。先の労働裁判例における裁判所の判示した点も含めてリスク回避の着眼点でポイントをまとめると図表1の点には特に注意を払う必要があります。

<図表1> 正社員登用制度における運用注意点

  • (1)正社員登用試験についての目的は明確に定めておく。
  • (2)登用試験についての受験募集案内は毎回確実に行う。
  • (3)誤解を与えないように、受験資格や受験日は明確にしておく(例:満3年で受験可ではなく、満3年の直後の○月または○月に受験ができるなど)。
  • (4)採用の際に、正社員登用試験について興味を持たれた方には登用の方法や流れについて説明する(できれば文書などでまとめたものがあるとよい)。
  • (5)受験資格を満たしても目的などに照らして不合格になることがあることを、あらかじめ案内しておく。
  • (6)正社員登用試験実施要綱や受験申込書などを整備して、聞いた、聞いていないといった水掛論が生じないように運用面を整えておく。

(作成/社会保険労務士法人 名南経営)

5.運用における実施要領や書式の整備

非正規雇用労働者の正社員登用を巡ってのトラブルが生じないようにするために、実施要領を整備し、受験申込書を用意した上で運用をするとよいでしょう。ご参考までに図表2および図表3にサンプルを掲載しますので、自社にて運用しやすいように改変のうえご活用ください。

<図表2> 正社員登用制度 実施要領(例)

正社員登用制度 実施要領(例)

(作成/社会保険労務士法人 名南経営)

<図表3> 正社員登用試験 受験申込書(例)

正社員登用試験 受験申込書(例)

(作成/社会保険労務士法人 名南経営)

6.キャリアアップ助成金の活用

非正規雇用労働者を正社員へ登用する場合、厚生労働省の「キャリアアップ助成金」を活用することを視野に入れてもよいでしょう。あらかじめキャリアアップ計画を策定して管轄労働局から認定を受けるなどさまざまな条件を満たす必要がありますが、ある程度まとまった金額が受給できる可能性がありますので、詳細な受給条件を確認の上検討を進めてください。なお、こうした助成金は年度単位の政府予算の中で用意されるもので未来永劫存在するものではなく、また、受給要件などが随時変更となることがあるため、専門家である社会保険労務士などに相談をしながら進めるとよいでしょう。

キャリアアップ助成金受給までの流れ キャリアアップ助成金の概要
  • (出典)厚生労働省「キャリアアップ助成金のご案内」令和2年4月1日現在のパンフレットから抜粋
    https://www.mhlw.go.jp/content/11650000/000616643.pdf

7.さいごに

2021年1月に大手自動車メーカーが国内の主要拠点で雇用する事務職などの契約社員を、2021年4月から正社員に登用するというニュースが報道されました。景気が低迷している現状におけるこの英断は世間から称賛されましたが、そもそも労働力人口が減少していくことが確実視されている中で、人材の奪い合いが生じていくことは必然であり、今後はこうした動きが加速する可能性があります。そういったことを考えますと、非正規雇用労働者については、かつてのような雇用の調整弁で景気悪化に伴って雇い止めをするという発想ではなく、企業内において多様な働き方を認め、かつ、すべての労働者がステップアップすることができる階段を用意することが、人材の確保につながるこれからの人事管理の在り方であると考えます。

【社会保険労務士法人 名南経営】

名南コンサルティングネットワークの一社として、幅広い顧客層にさまざまな経営コンサルティングなどを実践している。