第66回雇用調整における人事労務管理対策
※この文章は、社会保険労務士法人 名南経営によるものです。
※この文章は、2021年3月12日現在の情報に基づいて作成しています。具体的な対応については、貴社の顧問弁護士や社会保険労務士などの専門家とご相談ください。
1.はじめに
新型コロナウイルス感染症の拡大により政府から緊急事態宣言が出され、それにより人の動きは鈍化しました。企業は従業員に対して在宅勤務を奨励し、大学生はオンライン授業が推進され、生活様式の幅は一気に広がりましたが、他方で小売業界や飲食業界、観光業界を中心に経営は大きな打撃を受け、景気悪化の足音が高まってきています。
そうした状況に対して、政府は雇用調整助成金をはじめとしたさまざまな経営支援策を打ち出し、助成制度によって経営を維持している企業も少なくありません。しかしながら、家賃や光熱費などに至る支出のすべてを賄うこともできないことから、企業体力は徐々に弱まり、雇用調整を検討する企業が増えているようです。
2.トラブルが多い雇用調整
企業の存続を考えれば、一部の従業員に辞めてもらうことで人件費の圧縮を思いつくものですが、これまで会社に貢献をしてきた人材を容易に解雇できるものではありません。心情的なものもありますが、そもそも労働関連法令は、労働者保護の観点で成り立っていますので、雇用調整は簡単に取れる手段ではないのです。また、インターネットでさまざまな情報が得られる現在では、リストラ関連の労働裁判例も多く紹介されているため、従業員がそうした情報を目にして「この雇用調整は違法ではないか」と声をあげる可能性は高く、慎重な検討が必要です。東海地区のある企業では、従業員の一部に辞めてもらおうかということを検討し始めた途端、その情報が一気に従業員に拡がり、「社長は高級車に乗っているのはおかしいではないか」などと騒ぎ立てられ、検討を白紙にせざるを得なくなったということがありました。当然ながら従業員にとっては生活がかかっており、抵抗感は非常に強いものと認識して、慎重に検討しなければなりません。
3.雇用調整と講じるべき対策
しかしながら、何も手を打たなければ企業の存続問題となり、すべてのドミノが倒れてしまうという最悪のシナリオが想定されます。解雇を中心とした雇用調整を考える際には、労働契約法第16条に「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」との定めがあることから、この点を踏まえた対応が必要です。特に整理解雇といわれる企業側の事情による人員削減については、労働裁判例を紐解くと、以下の4つの要素が求められますので、それぞれについて従業員が納得できる説明が必要です。
(1)人員削減の必要性
(2)解雇回避の努力
(3)人員選定の合理性
(4)手続きの妥当性
これらを踏まえ、雇用調整を検討する際に人事労務管理において講じるべき対策を以下に列挙します。
①コスト削減
人員削減の必要性や解雇回避の努力という点を考えると、まずは社内におけるコスト削減の検討が不可欠です。無駄な支出がないか、他のサービスで代用できないかなどの検討であったり、内容によっては外部委託していた業務などを自社対応に切り替えたり、その業務をそもそも廃止したりなど、さまざまな角度からの検討が必要です。
最近、大手企業が都心部のビルを売却するというニュースが相次いでいますが、従業員の在宅勤務が加速している中では理解の得られやすいコスト削減策でしょう。
②残業抑制
コスト削減には従業員の残業抑制も一定の効果が見込めます。既に多くの企業では、昨今の働き方改革の一環で長時間労働を抑制し、36協定といわれる時間外労働・休日労働に関する協定を遵守しながら運用をしていますが、これをさらに加速させる必要があります。
ただし、あまりにも急な展開をすれば、仕事を自宅に持ち帰ってこっそりと仕事をするということが横行し、コンプライアンス面で好ましいものではありませんから、現場に過度な負担を強いないように環境を整えつつ進めていく必要があります。
③役員報酬の削減
役員報酬の削減についても検討を進める必要があるでしょう。収支の全体バランスから考えれば、役員報酬を仮に50%削減したところで経営上の効果は少ないかもしれません。しかし、外部環境の変化による業績悪化とはいえ経営責任を取るという意思の表明となり、従業員の賃金削減よりも先にメスを入れることは、従業員の納得度を高めるためには有効で、率先すべき取り組みのひとつとなります。同時に、役員専用の車両や出張時の扱いなど、役員に対する特別待遇についても、見直しておきたいところです。
④新規採用者の見送り
人員削減を検討しつつ、一方で新規採用者を確保するということは矛盾する行為となり、容認できるものではありません。将来的に社内の人員構成のアンバランスが発生し経営上のリスクとなる危険性はありますが、解雇の対象となる従業員からすれば納得できないものです。
採用活動については、時間と費用を掛けて継続して行ってきたこととはいえ、新卒採用者の確保や、中途採用者の募集は残念ながら停止をせざるを得ません。まずは限られた人員でどのように経営を立て直していくのかを検討していくべきでしょう。
⑤賞与の削減
賞与は賃金の後払いという考え方もある一方で、業績配分という考え方もあります。会社が儲かればより多く支払っているのが通常であり、会社の業績悪化時には人件費のコントロールをするための調整弁としての機能を有します。基本給連動型の支給方法を取っている企業では、基本給に乗じる係数をわずか0.1削減するだけでも大きな効果が見込め、コスト削減としてのメリットは大きいものです。しかし、事前に労働組合と金額や支給率を妥結している場合や、賃金規程にあらかじめ支給係数が記載されている場合には、一方的に会社の判断のみで引き下げることはできず、説明をして理解を得て同意をもらうというステップが必要となります。
⑥配置転換
会社全体を俯瞰すれば、不採算支店を整理して採算支店に人員を異動させるということもあるでしょう。通常、企業の就業規則には、「社員に対しては異動を命じることがある」といった配置転換についてのルールが定められており、従業員はそれに従うことになります。しかしながら、最近は地域限定で採用されることが増えているという実態もあり、その場合、この事業所は閉鎖だからといって簡単に雇用契約を終了できるものではありません。解雇回避努力として、何とか通勤することができる範囲で雇用を維持して職を与えることはできないかという検討や打診は必要であり、最大限の配慮は行っておくべきです。
⑦賃金の引き下げ
上記のようなさまざまな策を講じても十分な効果が得られない場合、従業員の賃金の引き下げも検討せざるを得ません。懲戒処分の一環ではなく毎月の賃金を引き下げる場合、一方的に引き下げることは労働契約法に定める労働条件の不利益変更に該当し、同意を得ることなく進めればその効力自体が無効となってしまうことがありますので、注意をしなければなりません。
まずは、賃金規程を変更して従業員の同意を得る必要がありますが、一般的には賃金規程には賃金表のみ記載されており、具体的にどの程度引き下げられるのかという点は、個人ごとに異なるものと考えられます。従って、賃金の引き下げを行うにあたっては、しっかりと個人ごとに説明をして同意を得るといったプロセスが求められ、通常の就業規則改定と同じように従業員代表者の意見のみを聞いて進めてよいという単純なものではない点に注意を払わなければなりません。賃金引き下げによって従来の生活スタイルを変えざるを得ない人もあることを考えますと、「聞いていない」「勝手に進められていた」という事態が生じないよう、丁寧な説明や個別同意のステップは不可欠です。
なお、企業によっては退職金を退職時の基本給と連動して計算し支給するという規定の場合があります。賞与についても同様で、基本給を引き下げる場合、これらにも連動して影響する場合には、退職金はどのように扱うのか、賞与はどうなるのかについての補足説明も忘れないようにしましょう。
⑧雇い止め
パートタイマーや契約社員などの有期雇用労働者については、期間の定めのある雇用契約を締結していることが一般的です。何度か契約を更新してきたあげく契約満了を理由に一方的に更新をしないという雇い止めはかねてから問題視されており、労働契約法第19条では、雇い止めを行うにあたっては客観的に合理的な理由があり、かつ社会通念上相当であることが求められています。
もっとも現在は、有期雇用労働者に対する雇用契約書の中に契約更新の理由を記載することが必要となっており、その中に経営状況悪化の場合は更新をしない旨の記載がある企業も少なくありません。従って、こうした記載事項をきちんと本人に説明する必要があり、雇い止めをする可能性があれば、早い段階から本人に対して説明をして理解を得るように働きかけ、次の転職先を探すための期間を確保する配慮は行っておきたいところです。
なお、有期雇用労働者の雇い止めについては、労使双方の認識が噛み合わずにトラブルに発展することが相当数あります。そのため、雇い止めを検討する際には、あらかじめ顧問の弁護士や社会保険労務士などの専門家に相談を仰ぎながら進めることをお勧めします。
⑨内定取り消し
新規採用者の確保に向けた活動は停止するとしても、既に内定を出してしまったというケースもあるでしょう。特に新規学卒者は就職活動期間が限定されるため、早めに内定取り消しの連絡をしてあげた方がその後の就職活動のためには親切であるという考え方もあります。
しかし、内定取り消しは、厳密には「始期付解約権留保付労働契約」を解消する行為であり、通常の解雇と違って解雇にあたっての労働基準法第20条に定める解雇予告手当の支払い義務がないものの(昭和27年5月27日・基監発15号)、損害賠償を求められるリスクが生じます。また、そうした情報は今やSNSを通じて瞬く間に拡がってしまい、企業価値を低下させてしまうこともあるため、慎重な対応が必要です。
⑩一時帰休
出勤してもらっても与える仕事がないということで、従業員に一時的に休んでもらうということもあるかもしれません。この場合、会社都合によって休んでもらうわけですから、労働基準法に定める休業手当の支払いが必要となります。休業手当は平均賃金の6割相当であり、従業員には収入減による経済的ダメージを与えてしまいます。また、残された従業員の業務が過度に負担になるケースも考えられます。一時帰休者の選定や実施のタイミングなど、従業員個々の事情などを踏まえた配慮が必要です。
⑪希望退職の募集
やむを得ず人員削減に着手しなければならない場合、特定の部門や人を指名する前に、自ら手を挙げてもらう仕組みを採り入れておきたいところです。退職金の上乗せなどのインセンティブを用意することが一般的ですが、希望退職の募集にあたっては、想定外に多くの従業員が手を挙げたり、逆にほとんど手が上がらないことで二次募集をせざるを得なかったりとさまざまなケースが想定されます。さらには、会社のエース級の人材から退職してゆくという懸念もあります。実際に進めてみると想定外のことが多く発生する可能性があり、事前にどのようにシナリオを描いておくかが重要となります。
4.トラブル緩和策としての副業などの解禁
以上、さまざまな対策を列挙しましたが、これ以外にも昇給の見送りや早期退職優遇制度の導入なども考えられます。これらは、何をどこまでやればよいといったような数値で示すことができるものではなく、また、状況や従業員構成などによって対策すべき順番は異なるため、顧問の弁護士や社会保険労務士と相談しながら進めていくことになろうかと思いますが、誠意や配慮が重要で、説明責任も果たしていかなければなりません。特に、なかなか転職先が見つからない現況では、雇用調整にまつわるトラブルは一旦発生すれば重大化・長期化する危険性があります。慎重かつ丁寧に、リスク回避を意識しながら進めなければなりませんので、人事担当者には相当なストレスとなることは間違いありません。
このようなトラブルが生じやすい状況の緩和策として、最近は、雇用は維持しつつも副業や兼業を積極的に解禁していくという発想を取り入れる企業が増加傾向にあります。人員を削減することを最終手段とした雇用調整のみを考えるのではなく、こうした取り組みも並行して考えていってもよいかもしれません。
【社会保険労務士法人 名南経営】
名南コンサルティングネットワークの一社として、幅広い顧客層にさまざまな経営コンサルティングなどを実践している。