第72回LGBTと企業の労務管理

※この文章は、社会保険労務士法人 名南経営によるものです。

※この文章は、令和3年9月10日現在の情報に基づいて作成しています。具体的な対応については、貴社の顧問弁護士や社会保険労務士などの専門家とご相談ください。

1.はじめに

LGBTとは、レズビアン(L)・ゲイ(G)・バイセクシュアル(B)・トランスジェンダー(T)の頭文字をとって組み合わせた言葉で、性的マイノリティ(性的少数者)を表す総称の一つとして使われることもあります。このところ、テレビや新聞などのマスメディアにおいてLGBTというキーワードを目にすることが増え、幅広く浸透してきていることがわかります。
しかし、いざ自分たちの仕事において一緒に働く従業員がLGBTの方であれば、戸惑うことも少なくないのが現状であり、今回は、企業の労務管理という点に焦点を当ててまとめていきます。

2.LGBTについての理解

前述のとおり、LGBTはレズビアン(L)・ゲイ(G)・バイセクシュアル(B)・トランスジェンダー(T)の頭文字ですが、最近は自分の性自認がわからないクエスチョニング(Q)であったり、肯定的かつ包括的に自分自身が性的マイノリティであることを示すクィア(Q)を加えたりして、「LGBTQ」や「LGBTQ+」と称することもあります。

L(Lesbian)レズビアン 女性同性愛者
G(Gay)ゲイ 男性同性愛者
B(Bisexual)バイセクシュアル 両性愛者
T(Transgender)トランスジェンダー 身体の性と心の性が一致しない方
Q(Questioning)クエスチョニング 自己の性自認がわからない方
Q(Queer)クィア 肯定的かつ包括的に自分自身が
性的マイノリティであることを示す表現

株式会社電通の「LGBTQ+調査2020」によれば「LGBTQ+層の割合は8.9%」※1であり、身近に存在していることがわかります。差別やいじめのターゲットとされたり、テレビ番組などでも笑いの対象とされたりしていた時期があることから、自身の性自認を公表するのはなかなか勇気がいることであり、自分の気持ちを押し殺しながら生活をしている方が、職場にも多くいると思われます。

  • ※1:電通、「LGBTQ+調査2020」を実施
    https://www.dentsu.co.jp/news/release/2021/0408-010364.html

3.企業の労務管理における対応

最近は、LGBTに対する世間一般の認知や理解が進み、実生活でカミングアウトされる方も増えてきています。それに伴い企業の労務管理においてもLGBTについて踏み込んで考えなければならないケースが発生するようになってきました。特にこのところの多くの企業で戸惑いが生じているのが採用時における対応です。

厚生労働省は2021年4月に新たな履歴書の様式例の作成について、公正な採用選考を確保する観点から、履歴書における性別欄を「男・女」の二択ではなく任意記載として未記載であったとしても認められる様式例(図表1)を発表しました。

<図表1> 新たな履歴書の様式例

新たな履歴書の様式例
  • (出典)厚生労働省「新たな履歴書の様式例の作成について」
    https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_kouseisaiyou030416.html
    https://www.mhlw.go.jp/content/11654000/000769665.pdf 一部抜粋し加工

そのため、写真では女性と思われたもののいざ面接をしてみると、声が太くて本人から実は性同一性障害の男性である旨を告知されることがあります。昔と違って、「太郎」「○子」といったような読んだだけで男女がわかる名前も少なくなってきていますので、実際に会ってみなければわからないことも少なくありません。
LGBTの方の採用には、トイレや更衣室はどうするのかに始まるさまざまな労務管理上の問題が発生し、また、他の従業員や顧客が動揺するのではないかなどの懸念も生じます。こうした点について、企業としての対応策をあらかじめ検討しておかなければ、前例がないことや採用後の労務管理に自信がないことを理由に、応募者の能力に問題がなくても不採用にしてしまう傾向があります。
しかし、少子高齢化によって労働力人口が減少していく中で、すでに労働力の奪い合いは多くの産業で始まっている背景を考えますと、既存の考えの枠内の従業員しか採用しない姿勢では、早晩、人材確保に苦戦することは間違いなく、「多様な労働力の確保」に向けて考え方の方向転換が必要です。そのためには、LGBTの労務管理についても要点を押さえておかなければなりません。

4.トイレや更衣室の問題

実際の就労にあたっては、トイレの問題は切実です。例えば、身体は男性でありながら心は女性であるため服装など格好は女性のものであり、この場合、トイレは男性用を使ってもらうのか、女性用を使ってもらうのかは、本人の精神的な負担と、周囲の男性および女性の従業員からの反発や拒否も想定して、企業側の慎重な検討が必要となります。
一般的な対応としては、多目的トイレがあるのであれば多目的トイレを使用してもらう、あるいは人の出入りが少ないフロアのトイレを限定的に使用してもらうといった方法をまずは採用して、徐々に社内風土を慣らしながら対象を拡大することを検討していくことになります。また、更衣室についても同様で、まずは使用していない部屋や、着替えの時間に使用頻度の少ない部屋を使用してもらうことになります。
もちろん、本人の立場からすれば、別のフロアにわざわざ出向いてトイレを利用したり着替えたりすることは面倒であり、苦痛であるといった声が発生する可能性があり、もう少し配慮してもらいたいといった要望を受けることがあります。
この対応の考え方については、2021年5月の東京高等裁判所における経済産業省の判決(東京高裁・2021年5月27日判決)が参考になります。
この裁判では、性同一性障害により戸籍上は男性であるものの女性として生活している経済産業省の職員が、女性用のトイレの使用制限を設けることは差別であると国を提訴した事件ですが、裁判所は「性自認に基づいた性別によって社会生活を送ることは法律上保護された権利であるものの、経済産業省が本人の勤務するフロアと上下1階ずつの女性用トイレの使用を認めなかったのは、注意義務を尽くさなかったとは認めがたく、先進的な取り組みがしやすい民間企業とは事情が異なる」として違法ではないと判示しました。
民間企業の場合は、経済産業省における判決とは異なる判決がでるのではないかと考えられなくもありませんが、問題なのは、最大限の配慮を行っていたか否かであり、すべてのトイレの使用を認めるか否かということは論点になっていません。企業としては、本人も周囲の人々も納得・譲歩できるよう最大限の配慮を検討し、説明して、段階を踏んで対応していくことが大切です。

5.職場風土をどのように醸成するのか

人はそれぞれいろいろな考え方を持っていますので、LGBTについても企業の対応を受け入れるか否かの感覚は異なります。
実際には、LGBTの方の受け入れに対して抵抗感のない従業員も多くみられ、特に若年層にその傾向が強いように感じます。さまざまな考え方を持つすべての従業員が安心して働ける環境を整えることは企業側の重要な責務ですので、ここはぜひ、企業から「排除の風土」をなくし、「受け入れの風土」を醸成していきたいところです。
こうした風土醸成にあたって、ALLY(アライ)という取り組みを進めている企業が増えています。ALLYとは味方を意味し、LGBTの多様性を示す6色の虹色のグッズを掲示したり身に着けたりといった取り組みは、LGBTに理解を示すというメッセージとなっており、LGBTの方の安心感を高めるといわれています。
例えば、宮崎市では市職員が名札のネックストラップに虹色の缶バッチを取り付けたり、小さな旗(レインボーフラッグ)を共有テーブルに置いたりして、ALLY活動を進めています。

宮崎市ホームページ「ALLY(アライ)活動に取り組んでいます!」
  • (出典)宮崎市ホームページ「ALLY(アライ)活動に取り組んでいます!」
    https://www.city.miyazaki.miyazaki.jp/education/human_rights/139556.html

また、大阪府枚方市も自治体内に留まらず、市内の事業者向けに啓発用の小冊子やALLYステッカーを配布し、事業所内に貼付するよう啓蒙活動をしています。

枚方市ホームページ「事業者向け 性的マイノリティ啓発冊子を制作しました。」
  • (出典)枚方市ホームページ「事業者向け 性的マイノリティ啓発冊子を制作しました。」 https://www.city.hirakata.osaka.jp/0000034165.html

このような取り組みによって、徐々に従業員の意識が変わっていくことが期待できます。

6.重要な管理職教育とアウティング

自社内において部下から自身がLGBTであることを告げられることがあります。いわゆるカミングアウトです。
ところが、特に管理職においては部下からカミングアウトされると、対応に困って誰かに相談したくなるという面もあり、人の秘密を知った満悦感も相まって、勝手に誰かに言ってしまうということがあります。
このように本人の許可なく言いふらす行為をアウティングといい、近年、このアウティングが大きな問題となっています。

2015年、東京のある法科大学院生A男さんが、自身がゲイであることを友人の一人B男にカミングアウトしたところ、その友人が複数の仲間によるSNSのグループにその旨を勝手に投稿しました。A男さんは平静を装っていたものの大きな精神的なダメージを受け、友人B男と一緒の授業中に吐き気や動悸、パニック障害を引き起こすようになり、大学のハラスメント相談室に相談をしたものの特に対策が講じられず、ビルの6階から自死をした、という事件がありました。
遺族は、B男と大学に対して損害賠償を提起、それが大きく報道されたことでこの事件を知っている方も少なくないでしょう。

人の秘密というものは知ってしまうと誰かに言いたい気持ちに駆られることはあるでしょう。しかし、秘密を打ち明ける本人、この場合カミングアウトする本人にとっては、意を決して勇気を持って行った行為であり、それを踏みにじる対応を受けると、信頼関係の崩壊に留まらず、人格や人権を否定されたと捉え人間不信に陥り、絶望してしまう危険性があるのです。
したがって、部下からカミングアウトを受けやすい立場である管理職については、カミングアウトを受けた際の対応法を教育しておく必要性は高く、管理職向けにLGBT研修を行う企業もあります。
基本的な対応法としては、本人の今ある環境に何か配慮が必要なのかを確認します。何がしかの配慮を求められている場合には、企業としてできることとできないことがある旨を伝え、管理職一人では対応ができないことが多いため、総務部門や人事部門の部門長に話を共有してもよいのかを確認します。そして、本人の許可を得た人以外には決して他言することがないようにしなければなりません。興味本位または不用意に勝手に言いふらす、アウティングなどもってのほかです。要望としては、例えば、社員旅行の際、同性と一緒に温泉に入ることが苦痛であるとか、部屋割りについて配慮を図ってもらいたいといった声が上がることがあります。

7.LGBTと法律などによる保護

前述のアウティングについては、内容や程度によっては、パワーハラスメントに該当する可能性があり、厚生労働省による啓発リーフレットにおいても明確にそれが明示されています。

厚生労働省「職場におけるパワーハラスメント対策が事業主の義務になりました︕」
  • (出典)厚生労働省「職場におけるパワーハラスメント対策が事業主の義務になりました︕」
    https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000611025.pdf P4一部抜粋して加工

また、厚生労働省によるセクハラ指針といわれる「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」において、同性に対するものも、セクシュアルハラスメントに含まれる旨が明記されています。したがって、トラブル事案が発生すれば労働局による指導対象となる可能性もあり、そういった意味でも管理職教育は徹底しておきたいところです。

  • (出典)厚生労働省「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(平成 18 年厚生労働省告示第 615 号)【令和2年6月1日適用】」
    https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605548.pdf

8.最後に

「安心して働く環境を整えたい」と考える経営者や管理職は少なくありません。今回のテーマであるLGBTについても例外ではなく、誰にも相談することができず一人で悩み続けている従業員がいる可能性があることを考えると、文中に紹介したようなALLYの取り組みや、管理職教育を行うなど、企業としても対応を進めておきたいところです。
多様性とは、労働時間ばかりではなく、性の多様性、国籍の多様性、年齢の多様性、学歴の多様性などさまざまあり、多方面にアンテナを張りながら労務管理を整え、職場環境を作っていきたいものです。

【社会保険労務士法人 名南経営】

名南コンサルティングネットワークの一社として、幅広い顧客層にさまざまな経営コンサルティングなどを実践している。