第75回ポストコロナに加速する柔軟な働き方、その導入のポイント
~テレワーク、兼業・副業、フレックスタイム制・週休3日制など導入事例とその効果~

※この文章は、社会保険労務士法人 名南経営によるものです。

※この文章は、令和3年12月1日現在の情報に基づいて作成しています。具体的な対応については、貴社の顧問弁護士や社会保険労務士などの専門家とご相談ください。

1.コロナで変化した従業員のワークライフバランスへの意識

学生時代に歴史の教科書で学んだ世界的な疫病の流行。これが現代で発生するなど誰が予想できたでしょうか。新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の拡大は、全世界の人々の生活を一変させてしまいました。そして、その変化は我が国の多くの国民の意識に大きな影響を与え、今後はその意識の変化が社会のさまざまなルールや慣習を変えていくことになるでしょう。
2020年4月7日に発出された我が国最初の緊急事態宣言の際、多くの企業が休業など活動を縮小し、国民も一斉に外出を自粛する異常事態に陥りました。この自粛生活において、多くの国民は家族と過ごす時間が増加し、「10年振りに押し入れから昔のゲームを引っ張り出して家族全員で楽しんだ」といった話をよく耳にしたものです。
このようにコロナ禍による自粛生活によって、多くの国民は家族と過ごす「当たり前の時間」の重要性を再認識することになり、その結果としてワークライフバランスを重視しようとする意識が高まっています。図表1は2020年5月25日に全国でいったん緊急事態宣言が解除されたのち6月に内閣府が行った調査の結果ですが、新型コロナ拡大前と比べ、「生活を重視するように変化した」という回答が非常に多くなっており、中でもテレワーク経験者では64.2%がそのように回答しています。「仕事を重視するように変化」という回答が5.1%しかないというのとは対照的です。

<図表1> テレワーク経験者の意識変化

  • (出典) 内閣府「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査(令和2年6月21日)」P16
    https://www5.cao.go.jp/keizai2/wellbeing/covid/pdf/shiryo2.pdf

また同調査では、コロナ禍において70.3%が家族と過ごす時間が増加したと回答しており、そのうち、81.9%がその増加した家族と過ごす時間を今後も保ちたいとしています。働き方改革の取り組みなどによって、「長時間労働や休日出勤は当たり前」という昭和型の働き方はすでに変化してきていましたが、今回のコロナ禍を経て、完全に過去のものとなっていくことでしょう。それだけに、企業としてもこうした従業員の意識の変化に対応した人事労務管理を行っていかなければ、離職リスクが高まり、安定的な人材の確保が危ぶまれる状態になっていきます。

以下では、このような状況を背景としてポストコロナに加速することが予想されるさまざまな柔軟な働き方の内容と、その導入におけるポイントについて解説します。

2.BCPから新たな働き方として定着期に入ったテレワーク

今回のコロナ禍における働き方の変化の中で、もっとも顕著だったのはテレワークの普及でしょう。テレワークは、最初の緊急事態宣言が発出されたタイミングにおいて多くの企業で導入され、日本生産性本部の調査によれば、2020年5月時点で31.5%の企業がテレワークを実施したと回答しています※1
しかし、ペーパーレス化や社内制度の対応が十分に整わないまま、テレワークに踏み切った企業が多かったことから、業務生産性の低下などの課題が噴出し、緊急事態宣言が解除されるとテレワークを取りやめる企業が急増して2020年10月にはテレワークの実施率は18.9%と急減することとなります。しかし、その後、テレワークを新たな働き方の選択肢として積極的に実施する企業の増加を受け、現在では新型コロナの感染状況に関わりなく、20%前後の実施率が継続(直近の2021年10月の調査では22.7%)しています。
一方、従業員サイドのテレワークに対してのニーズは非常に高くなっており、「コロナ禍収束後もテレワークを行いたいか」という設問については、図表2にあるとおり、7割を超える従業員が今後もテレワークを行いたいと回答しています。

<図表2> コロナ禍収束後もテレワークを行いたいか

<図表2> コロナ禍収束後もテレワークを行いたいか
  • (出典) 公益財団法人日本生産性本部「第7回 働く人の意識に関する調査」調査結果レポートP19
    https://www.jpc-net.jp/research/assets/pdf/7th_workers_report.pdf

この傾向は現在の従業員だけにとどまりません。今の大学生は学生時代にリモート授業を経験している世代であることから、今後の新卒採用においてテレワークの有無が彼らの会社選択の大きな基準の一つになることは確実です。

  • ※1:公益財団法人日本生産性本部「第7回 働く人の意識に関する調査」調査結果レポートP16
    https://www.jpc-net.jp/research/assets/pdf/7th_workers_report.pdf

3.急速に高まる兼業・副業のニーズと企業の導入状況

「兼業・副業」についても、コロナ禍において関心が高まったものの一つに数えられます。日本生産性本部の同調査によれば、2021年10月時点において、9.2%の従業員が「現在、兼業・副業を行っている」、35.5%の従業員が「将来的には行ってみたい」と回答しており、半数近くの従業員が兼業・副業に関心を持つ状態となっています(図表3)。

<図表3> 兼業・副業の実施意向

<図表3> 兼業・副業の実施意向
  • (出典) 公益財団法人日本生産性本部「第7回 働く人の意識に関する調査」調査結果レポートP7
    https://www.jpc-net.jp/research/assets/pdf/7th_workers_report.pdf

兼業・副業の普及という方針は、2017年の働き方改革実行計画に盛り込まれ、翌2018年には厚生労働省のモデル就業規則も従来の「副業禁止」から180度改められ、「原則副業可能」という内容に見直しが行われました。この頃から企業においても兼業・副業を認める事例が増え始めていたものの、従業員の関心はそこまで高まらない状態が続いていましたが、このコロナ禍によって、急速に高まることとなりました。
この背景には、働き方改革の進展による残業代減少といった現実的な課題もありましたが、それ以上にテレワークの普及によって、在宅でもさまざまな仕事ができる環境が整ったことが大きかったものと考えられます。週末や平日の夜にパソコンだけでできる仕事を行い、収入を確保したいというニーズは徐々に大きなものとなっています。

一方の企業サイドにおける兼業・副業の導入に向けた動きも加速しています。リクルート社の「兼業・副業に関する動向調査データ集2020」※2によれば、49.5%の企業が、兼業・副業を認める人事制度を導入していると回答しています。さらに、兼業・副業を認める人事制度がないという企業においても、12.5%の企業が3年以内の導入を、26.7%の企業が時期は未定ながらも導入の検討を行っているとしており、今後数年で兼業・副業は多くの企業において当たり前の働き方になっていくのかも知れません。しかし、実務においては労働時間通算ルール(勤務先が異なったとしてもその労働時間を通算して残業計算などを行う必要あり)への対応や過重労働防止などの課題も多く、導入においては労働時間管理の仕組みを中心に課題を解決したうえで、申請・承認制および労働時間の自己申告制度の仕組みなどを整備していくことが求められます。

  • ※2:株式会社リクルート「兼業・副業に関する動向調査データ集2020」
    https://www.recruit.co.jp/newsroom/pressrelease/2021/0422_8329.html

4.フレックスタイム制・選択的週休3日制など柔軟な労働時間制度の導入

コロナ禍によって柔軟な労働時間制度の導入も進められました。特に在宅勤務のケースにおいては、中抜け時間なども発生しやすいことから、フレックスタイム制の導入が積極的に進められ、中にはフルフレックスやスーパーフレックスなどと呼ばれるコアタイム(必ず勤務しなければならない時間帯)を撤廃したかなり自由度の高いフレックスタイム制を導入する企業も増加しています。
また、製造現場で働く社員については、通勤時の感染リスクを減らすため、週休3日制を導入する取り組みも見られました。週休3日制はこれからの新たな働き方の選択肢として、「骨太の方針2021」※3の中でも取り上げられています。国としては、その1日を学び直しの時間に充てたり、兼業・副業を行ったりすることで国全体としての生産性を向上させたいという思惑があります。

週休3日制の導入を検討する際、その考え方としては大きく分けて、以下の二つのパターンが存在します。
 ①1日の所定労働時間は8時間のまま、週4日勤務とする。
 ②1日の所定労働時間は10時間に延長し、週4日勤務とする。
①の場合は8時間×4日=週32時間労働となるのに対し、②の場合は10時間×4日=週40時間のフルタイム勤務となります。従業員からすれば週休3日になるのはよいが給与が減るのは困る、一方、会社側も人手不足の中、稼働率が下がるのは困るということで、最近の週休3日制導入の議論においては②のように1日の所定労働時間を伸ばして、フルタイムのまま週休3日制を実現する事例が多くなっています。この制度を具体的に導入する際には、通常、1カ月単位の変形労働時間制を採用します。仕組みとしては簡単なものですので、もし自社の働き方にフィットするのであれば積極的に検討してみるとよいでしょう。

  • ※3:内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2021」
    https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/2021/2021_basicpolicies_ja.pdf

5.NTTの導入で衝撃を与えた転勤・単身赴任の廃止

コロナ禍によるリモートワークの普及は今後、企業の転勤制度にも大きな影響を与えることになりそうです。NTTは2021年9月末に「転勤が不要になる働き方」の導入を公表※4し、2025年を目途にリモートワークを基本とした業務の仕組みを整える方針を示しました。

これまでは大企業を中心に、辞令1枚で全国どこにでも転勤するというのが当たり前という時代が長く続いてきましたが、その仕組みはすでに限界が近づいています。図表4は勤労者世帯における専業主婦世帯数と共働き世帯数の推移を表したものですが、1980年にはほぼダブルスコアで専業主婦世帯が多かったものが、1990年代には拮抗し、2000年以降は共働き世帯の割合が急増しています。そして、2020年の数値を見ると、専業主婦世帯の571万世帯に対し、共働き世帯は1,240万世帯となっており、1980年とはまったく逆の構成に変化しています。この状態では転勤は多くの従業員にとって現実的には難しいことになっているのは明白です。転勤できない従業員が増加する中、地域限定正社員制度を導入するようなケースも増えていますが、今後は「転勤あり」という企業の採用は苦戦を強いられることは避けられず、むしろ転勤を最小限にする職務設計が重要な時代になっていくことでしょう。
その意味では約18万人の従業員を抱えるNTTグループが打ち出したこの方針は、企業の人事管理に大きな影響を与えることになることが予想されます。

<図表4> 勤労者世帯の構成の変化

<図表4> 勤労者世帯の構成の変化
  • (出典) 独立行政法人労働政策研究・研修機構「早わかり グラフでみる長期労働統計」
    専業主婦世帯と共働き世帯
    https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/timeseries/html/g0212.html
  • ※4:日本電信電話株式会社「新たな経営スタイルへの変革について」
    https://group.ntt/jp/newsrelease/2021/09/28/210928b.html

6.柔軟な働き方の有無が採用力を左右する時代に

このように新型コロナは日本人の働き方を大きく変革するきっかけとなり、今後はその対応が企業の人材確保力に大きな影響を与える時代になっていきます。前章で見た転勤についても、日本生産性本部の調査によれば、「同じ勤め先で長く働き、異動や転勤の命令があった場合は受け入れる」という回答が35.1%にとどまるのに対し、「仕事内容や勤務条件を優先し、同じ勤め先にはこだわらない」という回答が64.9%にのぼっています(図表5)。

<図表5> 転勤・異動命令と勤務先の選択

<図表5> 転勤・異動命令と勤務先の選択
  • (出典) 公益財団法人日本生産性本部「第7回 働く人の意識に関する調査」調査結果レポートP8
    https://www.jpc-net.jp/research/assets/pdf/7th_workers_report.pdf

昭和型の働き方であれば、会社からの異動や転勤の命令は受け入れるのが当然と考えられていましたが、人生100年時代を迎え、良くも悪くも企業と一定の距離を取って、自らのキャリアを考える従業員が増えています。さらには育児を中心とした生活環境の変化がそれを促進しています。今後は昭和型の働き方の見直しなくして、安定的な人材確保は難しくなると考えなければなりません。

最後にエン転職が行った興味深い調査結果をご紹介しましょう。コロナ禍を経験し、企業選びの軸は変わりましたか?」という設問に対して、40%が「変わった」と回答しています(図表6)。

<図表6> コロナ禍で企業選びの軸は変わりましたか?

<図表6> コロナ禍で企業選びの軸は変わりましたか?
  • (出典) エン・ジャパン株式会社 エン転職「1万人アンケート(2021年2月)コロナ禍での企業選びの軸の変化」
    https://corp.en-japan.com/newsrelease/2021/25262.html

そのうえで、「コロナ禍で企業選びの軸が変わった」と回答した人に、特に重視するようになった企業選びの軸を聞いたところ、図表7にあるように「希望の働き方(テレワーク・副業など)ができるか」が42%でトップとなっています。

従来、企業選びの軸としては「企業の将来性」「給与水準」「業績」「やりがい」などが上位を占めていましたが、それらよりも希望の働き方、柔軟な働き方ができるかが上位に来る時代となったのです。

<図表7> 企業選びの軸の変化

  • (出典) エン・ジャパン株式会社 エン転職「1万人アンケート(2021年2月)コロナ禍での企業選びの軸の変化」
    https://corp.en-japan.com/newsrelease/2021/25262.html

柔軟な働き方の導入は従業員を甘やかすことではありません。少子高齢化により労働力人口が減少し、また社会が大きく変わる中、安定的な人材の採用と定着を進めるためには、企業の働き方も環境に適応させ、変化させていかなければならないのです。

今後は柔軟な働き方への対応如何によって、人材確保力、ひいては企業の競争力が大きく変わる時代となっていきます。自社の経営戦略の一環として、真の意味での「働き方改革」を考えていくことが強く求められます。

【社会保険労務士法人 名南経営】

名南コンサルティングネットワークの一社として、幅広い顧客層にさまざまな経営コンサルティングなどを実践している。