第91回ハラスメント発生時の実務対応
※この文章は、社会保険労務士法人 名南経営によるものです。
※この文章は、2023年4月1日現在の情報に基づいて作成しています。具体的な対応については、貴社の顧問弁護士や社会保険労務士などの専門家とご相談ください。
1.はじめに
令和2年6月1日に施行された改正労働施策総合推進法では、パワーハラスメントに対しての雇用管理上の措置が事業主に義務付けられました(中小企業は令和4年4月1日より義務化。それまでの間は努力義務)。そのため、すでに多くの企業が、相談窓口の設置や、管理職向けのハラスメント対策研修の実施など、対応策・防止策を講じています。
ところが、厚生労働省発表の「令和3年度個別労働紛争解決制度の施行状況」を見ますと、民事上の個別労働紛争の相談件数(図表1)では、いじめや嫌がらせといったパワーハラスメント関連の相談件数が全体の約4分の1を占めているのが実態です。中小企業に対する義務化以前の調査であるため、中小企業における相談件数も相当数含まれていると考えられますが、由々しき事態です。
<図表1> 民事上の個別労働紛争 相談内容別の件数
- (出典) 厚生労働省「令和3年度個別労働紛争解決制度の施行状況」P4
https://www.mhlw.go.jp/content/11909000/000959370.pdf
また、パワーハラスメント以外のハラスメントも看過できない状況であり、「令和2年度 厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態調査(厚生労働省)」では、セクシュアルハラスメントや、顧客などからの著しい迷惑行為(いわゆるカスタマーハラスメント)も少なくない実態が浮き彫りにされています(図表2)。
<図表2> 過去3年間のハラスメント相談件数の傾向(ハラスメントの種類別)
- (出典) 厚生労働省「令和2年度 厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態調査」P3
https://www.mhlw.go.jp/content/11910000/000775797.pdf
2.企業に求められる職場環境配慮義務
マスメディアの報道を見ても、いまだにハラスメントが採り上げられることは多く、法律などが整備されても依然としてさまざまなハラスメントが発生している証左と言えましょう。オープンな環境下でのハラスメントはさすがに目立たなくなっているようですが、水面下では相変わらず発生しているようです。
ハラスメントが発生した際、加害者が成績優秀なエース級の従業員や管理職の場合などに、指導や懲戒処分を行うことによって辞められては困るという恐れから、十分な注意指導が為されないことがあります。しかし、企業にはハラスメント対策をはじめ職場環境の整備を講じて、すべての労働者の心身の健康に配慮する義務である「職場環境配慮義務」があります。
労働裁判例を紐解くと、この職場環境配慮義務というキーワードを用いて、ハラスメントが起きていると知っていながら企業が何ら対策を講じなかった場合に、職場環境配慮義務違反を問うてその責任を負わせています。
例えば、三重セクシュアルハラスメント(X病院)事件(津地裁・平成9年11月5日判決)では「使用者は被用者に対し、労働契約上の付随義務として信義則上職場環境配慮義務、すなわち被用者にとって働きやすい職場環境を保つように配慮すべき義務を負っており、被告連合会も原告ら被用者に対し同様の義務を負うものと解される」と判示して、明確に職場環境配慮義務というキーワードを用い、この裁判例においては加害者および勤務先企業に対して損害賠償支払いを求めています。
そもそもハラスメントが発生しないように対策を講じること自体が大切ですが、発生した場合には、職場環境配慮義務を意識した迅速かつ確実な対応が必要となります。
3.事実確認における被害者に対しての慎重な対応
社内におけるハラスメント発生は、本人または同僚などからの申告によって発覚することが通常ですが、会社としてはまずはそれが事実であるのか否かを確認することになります。その初動確認の方法は極めて重要で、慎重に進めなければなりません。特に、密告されたということを加害者が知れば、証拠隠滅はもちろんのこと、周りを巻き込んだ自己防衛策を講じたり、被害者に対して嫌がらせを含めた悪意のある行動に出たりすることがあるため、絶対に知られてはなりません。
そのため、まずは人事労務担当者や相談窓口に相談をしているということが、加害者はもちろん周囲にも察知されないように、被害者との連絡の方法や時間帯、直接の面談をするのであれば面談場所などについて希望を確認することが必要です。誰にも知られたくないので夜の時間帯や休日に相談に乗って欲しいというケースも考えられますが、被害者が追い詰められている状況を考えると希望には最大限配慮する必要があります。社内の会議室でヒアリング面談をする場合でも、誰が何を行おうとしているのかを第三者に悟られてしまわないように、イントラネット上のスケジュール管理画面には記載しないなどの配慮が必要です。
4.ヒアリングにおける体制
社内におけるハラスメント事案は、被害者からだけではなく加害者からもヒアリングを行う必要がありますが、双方それぞれ話をしやすい環境設定が求められます。被害者は掘り下げられて話を聞かれることでフラッシュバックによって精神的にさらにダメージを受けることもありますし、加害者にもいろいろと言い分があるでしょう。
その意味で、ヒアリング担当者は2名という体制がよいと考えます。1対1で話をする緊張感や、ヒアリング担当者がズラリと並ぶ圧迫感を排除でき、担当者間でも感じ方や考え方のズレをお互いに是正し合えるでしょう。かつ、そのうち少なくとも1名はヒアリング対象者と同性の者とする配慮が必要です。また、セクシュアルハラスメント事案については、女性には女性だけでヒアリングを実施し、男性には男性だけで行うといった対応も視野に入れるべきでしょう。
ヒアリング時の座る位置にも配慮します。真正面で向かい合って座るとやや心理的圧迫感がありますので、少し角度を変えて座り、傾聴の姿勢で臨むことが必要です。
そして、ヒアリング担当者は、「オレはこう思う」「これは立派なハラスメントである」など自己の見解を述べることはやめましょう。ヒアリングの目的は事実確認であって、ヒアリング担当者が自己の見解を話す場ではない点に注意をしなければなりません。この前提に留意せず、面談時にヒアリング担当者が対象者に注意指導したことが、「面談時に、感情的になって大きな声を出し、従業員に対する注意、指導として社会通念上許容される範囲を超えており、不法行為を構成する」と判示された裁判例(M電機事件・広島高裁松江支部・平成21年5月22日判決)もありますので、目的は事実確認であるという点はしっかりと押さえておかなければなりません。
<図表3> 窓口担当者が言ってはいけない言葉や態度の例
- (出典) 厚生労働省「職場におけるハラスメント対策マニュアル」P29
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000181888.pdf
なお、稀にですが、自分の苦手な上司などを追い出すための虚偽の申告であったり、些細なことを針小棒大に申告していたり、ということもあります。特にセクシュアルハラスメント事案については、ヒアリング担当者に弱者保護の意識が強く働き、虚偽と見抜けない傾向があるため、より慎重にヒアリングを進めなくてはなりません。
これらの面談にあたっては1回当たり長くても1時間程度にしましょうということが厚生労働省による「職場におけるハラスメント対策マニュアル」に記載されていますが、必ずしもその制限に縛られることはなく、本人の意向を確認しながら時間や回数は対応すればよいでしょう。
ヒアリングした内容は議事録としてまとめ、事実の齟齬や濃淡、認識の相違を防止して議事録の正確性・客観性を担保する意味で、対象者本人に内容を確認してもらうプロセスを経ておきましょう。
被害者、加害者双方からヒアリングをした結果、意見や内容が相違することは少なくありません。その場合はさらに第三者へのヒアリングを実施することになりますが、このヒアリング対象者をむやみに拡げると、多くの人にハラスメントの訴えがあった事実を知らせる結果になってしまいます。対象者を絞って実施し、対象者本人には、○○さんと○○さんのみにこのヒアリングを実施しており、何を話したかなどは他の従業員には話さないようにと釘を刺しておく必要があります。
5.関係者は最小限で進める
被害者および加害者へのヒアリングが終了し議事録が手元にある段階で、会社はどう対応するのかという検討を進めることになりますが、その時点においてその情報を知る社内関係者がいつの間にか多くなっているということは避けなければなりません。中には、ヒアリングの議事録を社内の部課長会議の資料として配布する、面談などのやり取りにあたっての電子メール連絡をccやbccで複数の社内関係者に送信する、というケースもありました。繰り返しになりますが、ハラスメントの事実を広められたことによってさらに被害者が傷ついたり、一方では加害者が証拠隠滅を図ったりすることもありますので、一連の対応は注意深く最小人員で進めていくべきです。
また、経営幹部が、目をかけている部下が加害者として訴えられている事案を握りつぶすというケースも想定されますので、対応する部署は利害関係者が絡まないよう独立性を持たせるのが望ましいと考えます。ハラスメントの窓口対応も受託する法律事務所が多数ありますので、外部のそうした機能を活用することを視野に入れるのも一手です。
6.懲戒処分と加害者・被害者の配置
ヒアリングした事実関係をもとに、程度や内容によっては懲戒処分が必要となることがありますが、就業規則などに基づいて厳正に検討します。同時に、今後の加害者、被害者それぞれの配置についても検討を進める必要があります。特に、セクシュアルハラスメントやパワーハラスメントの事案においては、被害者が精神的ダメージを受けていることが一般的ですので、双方を引き離すことを視野に入れる必要があります。その際、部門や支店などのキーマンであるなどの理由で加害者は異動させることなく被害者を異動させるというケースが散見されますが、これは被害者を不利益に取り扱うことになり、配転命令権の濫用と考えられますので注意しなければなりません。
7.全体に対してのケアと再発防止策
懲戒処分の有無を問わず、社内でのハラスメント発生は、多くの従業員にそれが知れ渡ることがあります。その結果、職場の雰囲気が悪くなったり、上司も部下も腫れ物に触るようなコミュニケーションとなってしまったりと、組織風土面において大きなマイナスです。中には、次は自分がターゲットにされると恐れて次々に自主的に離職したケースもあります。
この問題に対しては、短期的と中長期的な視点の双方に立った対応策が必要です。まず短期的視点では、ハラスメント対策研修を実施することが効果的です。管理職に対しては部下との関わり方やハラスメントの境界線などを中心に、一般社員に対してはどのような言動がハラスメントに該当するのかを中心に、可能な限り具体例を交えて実施するとよいでしょう。ハラスメント対策研修を実施するということ自体が、会社が真摯に取り組もうとしている姿勢であると従業員には映り、前述の職場環境配慮義務を果たすことにもなります。同時に、改めてですが、ハラスメントは許されない行為であり、懲戒処分の対象となる旨のメッセージを出すとよいでしょう。そのようなメッセージを出すことは男女雇用機会均等法や改正労働施策総合推進法といった法律や指針※1、においても求められていることであり、会社が総合的にハラスメント撲滅に取り組む意向を明確に文章として公表することは、社内への浸透において重要で効果的な施策です。
中長期的視点では、すべての従業員に対し、ハラスメントに関してのアンケート調査を定期的・継続的に実施し、現場の状況が把握できるようにするとよいでしょう。これによってこれまで見えなかった現場の問題が浮き彫りになることもあります。
最近は、WEB上にアンケートフォームが簡単に作れるようになっていますので、スマートフォンで負担感なく回答できるようにすれば回答率は高まるでしょう。この際、社内のハラスメントのみならず、顧客からのハラスメントを含めて幅広く情報が得られるようにすると、従業員は、会社は自分たちを守ってくれようとしていると受け止め、安心感、信頼感が高まるものと考えます。
- ※1:事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針
(平成18年厚生労働省告示第615号)【令和2年6月1日適用】
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605548.pdf
事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針
(令和2年厚生労働省告示第5号)【令和2年6月1日適用】
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605661.pdf
8.最後に
働きやすさ、という視点は非常に抽象的なキーワード故に、何をどうしたらよいのかわからないというのが多くの企業の声ではないかと思います。ハラスメント行為は決して許されることではなく、看過してはなりません。そして日常的に従業員の声に幅広く耳を傾けていれば予防できることは少なくなく、前述の全社アンケートのみならず、管理職同志のコミュニケーションを密にする機会を設けるなどの企業努力を重ねることで社内のハラスメントは起きにくくなり、かつ、社外からのハラスメントに対しても早い段階から対策検討ができるものと思います。
【執筆者】
社会保険労務士法人名南経営 社員
株式会社名南経営コンサルティング 取締役
社会保険労務士 服部 英治
大学卒業後、大手社会保険労務士事務所を経て1999年株式会社名南経営に入社。約600名のスタッフを抱える名南コンサルティングネットワークのトップコンサルタントの一人として、全国各地で人事制度改定支援、職場の風土改善、就業規則策定支援、株式上場支援、各種人事労務相談等に応じている。経営者視点のアドバイスは好評で上場企業から零細企業に至るまで、多数の顧問先を抱えながら執筆や講演等を行っている。「タブーの労務管理(労働新聞社)」他10冊以上の書籍を執筆している。