第93回若手社員の早期離職とメンター制度導入のポイント

※この文章は、社会保険労務士法人 名南経営によるものです。

※この文章は、2023年6月1日現在の情報に基づいて作成しています。具体的な対応については、貴社の顧問弁護士や社会保険労務士などの専門家とご相談ください。

1.若手社員の早期離職の現状

新卒で採用した社員が定着しないという悩みは、かねてより多くの経営者や人事担当者から聞かれます。厚生労働省の調査(2022年10月28日公表)※1によれば、新規学卒就職者の就職後3年以内での離職率は、高卒が35.9%、大卒で31.5%となっています。また図表1のとおり、事業所の規模が小さくなるほど、離職率の割合が高くなっており、29人以下の規模では半数以上にものぼっていることが見てとれます。

<図表1> 新規学卒就職者の事業所規模別就職後3年以内離職率※1

事業所規模 高校 大学
5人未満 60.5% 55.9%
5~29人 51.7% 48.8%
30~99人 43.4% 39.4%
100~499人 35.1% 31.8%
500~999人 30.1% 29.6%
1,000人以上 24.9% 25.3%

また、経済財政運営と改革の基本方針2022、いわゆる「骨太の方針」や、労働法制について検討を行う労働政策審議会での報告書を見ますと、しきりに「成長分野への労働移動を円滑に促す」という言葉が多用されています。昨今の転職エージェントの増加も相まって、転職がさらに身近なものになっていくことが推測されます。

  • ※1:厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況(平成31年3月卒業者)を公表します」
    https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000177553_00005.html

2.若手社員の離職理由

企業にとっては、せっかく入社してくれた若手社員が早々に離職していくことは大きな痛手です。離職の防止を図ることが重要ですが、そのためには、まずその原因を分析することが必要です。2021年3月に独立行政法人労働政策研究・研修機構が公表した「若年者のキャリアと企業による雇用管理の現状」※2では、初めて勤務した会社の離職理由をまとめています。多い回答から順に、「労働時間・休日・休暇の条件がよくなかった」(35.2%)、「人間関係がよくなかった」(28.4%)、「賃金の条件がよくなかった」(24.2%)が挙げられています。また、「仕事が自分に合わない」という理由を挙げる人の割合は、勤続年数が少ないほど割合が高くなっています(図表2)。

<図表2> 離職理由

<図表2> 離職理由
  • (出典) 独立行政法人労働政策研究・研修機構「若年者のキャリアと企業による雇用管理の現状」P232
    https://www.jil.go.jp/institute/siryo/2021/documents/236.pdf

ここで注視すべき点は、労働条件や自身が希望する仕事とのギャップなど、仕事内容に関連する理由で離職することが多い傾向にある一方で、勤続1年未満での離職理由の46.1%が「人間関係がよくなかった」と回答していることです。若手社員の離職防止、定着のためには、職場内の人間関係は重要な要素となっており、社員同士の関係性の改善は避けては通れないテーマといえるでしょう。

それでは、職場の内外に関わらず、より良い人間関係を構築するにはどういったことを意識すれば良いでしょうか。アドラー心理学で知られるアドラーは、「共同体感覚」の醸成が重要であると示しています。共同体感覚とは、職場や家庭、地域など共同体の中で人と繋がっている、という感覚のことを言います。そして人はこの感覚を感じられる時に、幸福だと感じるとされています。この共同体感覚は図表3のとおり①~④の四つから構成されています。

<図表3> 共同体感覚の構成要素

①自己受容 私はありのままで良いという感覚
②他者信頼(信頼感) 周りのメンバーに任せられる・頼っても良いと思える感覚
③他者貢献(貢献感) 自らが周りのメンバーの役に立っていると思える感覚
④所属感 自らがここにいて良いと思える感覚。必要とされている感覚

社員に共同体感覚を抱かせるのは簡単なことではありません。特に業務に必要なスキルが少ない若手社員はできる仕事の範囲が狭いため、顧客や先輩社員に信頼してもらう機会や、貢献している感覚を感じられる場面は必然的に少ないものです。そのため会社としては、まずは「所属感」を若手社員が感じとれるように取り組むべきで、自分はここにいて良いと思える感覚を持たせることです。

  • ※2:https://www.jil.go.jp/institute/siryo/2021/documents/236.pdf

3.「働くことの悩み」の相談相手

個人個人の社員に焦点を当てますと、社内に仕事の悩みを気軽に相談できる相手がいない現状が見えてきます。内閣府が行った15歳から39歳の就業中の者または就業経験がある者を対象とした調査によると、職場・アルバイト関係の人との関り方について、「何でも悩みを相談できる人がいる」の問いに対し、「そう思わない」または「どちらかと言えば、そう思わない」という回答者は56%※3と、半数を超えています。
最近では新型コロナウイルス感染症予防の観点のほか、飲み会への参加の強制やアルコールハラスメントの問題がクローズアップされたこともあって、人と接する機会が以前より少なくなり、悩みを相談する機会が減少しているといえるでしょう。相談相手がいないことで、不安や不満の解消の糸口や、この企業で働く将来像を描くことができず、それが要因になって若手社員が離職を考えるケースは大いに想像されます。
若手社員の所属感の醸成に向け、相談しやすい環境を構築するためには、不安を抱えたり、困っていたりする状況を自然と話すことができる雰囲気づくりを進めることが重要です。その対応策としてメンター制度を導入している企業が見受けられます。

  • ※3:内閣府「こども・若者の意識と生活に関する調査 (令和4年度)」
    https://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/ishiki/r04/pdf-index.html
    https://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/ishiki/r04/pdf/s2-2.pdf P77

4.メンター制度とは

それでは、メンター制度とは、どういった制度なのでしょうか。一般的には、企業や組織において、指導する側の社員(メンター)と指導される側の社員(メンティー)が1対1で対話し、メンティーのキャリア支援なども含めた心理的なケアを行いながら、成長を支援する人材育成、いわゆる「メンタリング」を行うための制度とされています。また、厚生労働省は、「豊富な知識と職業経験を有した社内の先輩社員が、後輩社員に対して行う個別支援活動」であり、「キャリア形成上の課題解決を援助して個人の成長を支えるとともに、職場内での悩みや問題解決をサポートする役割」を果たすものと示しています。つまり、年齢の近い先輩社員がメンターとなって、後輩社員(メンティー)に対しさまざまなサポートをする制度です。

混同しやすい点として、上司とメンターの違いがあります。上司は組織目標の達成に向けて、職務や業務の指示命令、管理監督を行う役割であるのに対して、メンターは双方向の対話を通じて、人間関係など職場内でのさまざまな悩みやキャリア形成上の課題の解決へのサポートを行うことで、メンティーの社会人・組織人としての成長を支える役割を担います。
メンター制度と近い機能を持つ制度として、OJT(On-the-Job Training)がありますが、OJTは、日常業務の中で仕事を効果的に覚えてもらうために、実践を通じて知識を身に着けさせることを目的としており、メンター制度は、先輩社員との交流や支援を通じて、職場での悩みをスムーズに解消させることを目的としている点に違いがあります。
特に若手社員におけるメンター制度は、メンターとのつながりを強く感じさせ、主にメンタル面において社会人としてステップアップさせて、組織への所属感につなげていく仕組みなのです。

メンター制度導入の効果は、「ロールモデルの育成およびメンター制度導入に関するアンケート調査(厚生労働省・平成24年11月)」によりますと、メンティー(若手社員)のモチベーション、職場環境への適応、定着率の向上などにつながっていることが回答されています。また、メンター(先輩社員)の人材育成意識にも好影響を及ぼすなど、職場全体に効果をもたらす結果が見てとれます(図表4)。

<図表4>メンター制度の効果

<図表4>メンター制度の効果
  • (出典) 厚生労働省「メンター制度導入・ロールモデル普及マニュアル」P5
    https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000106269.pdf

メンター制度は、メンティーはもちろんメンターにとっても成長を促す非常に有効な手段であり、制度の導入、定着を図っていく価値がありそうです。

5.メンター制度の導入ステップ

さて、効果が期待できるとしてメンター制度を導入しようにも、単に社員からメンターを選び、ペアにするだけでは十分に機能しません。そればかりか、メンターとなる社員に負担や不安を与え、フォローを行う側と考えていたメンターの離職を助長させてしまう可能性すらはらんでいます。メンター制度を成功させるための要素としては、図表5の事項が挙げられていますが、メンター・メンティーへの事前説明、会社全体への制度説明、上司や周囲の理解が上位になっており、「理解度」に関わる点が重要であるとされています。

<図表5> メンター制度を成功させるためには

<図表5> メンター制度を成功させるためには
  • (出典) 厚生労働省「メンター制度導入・ロールモデル普及マニュアル」P18
    https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000106269.pdf

そのため、メンター制度の目的や運用ルールなどは、あらかじめ綿密に議論し、理解を深めて確立していくことが望まれます。ここからは、メンター制度導入のための検討事項やステップを確認していきます。

(1)合意形成のための計画

メンター制度導入にあたっては、まず計画を立てる必要があります。ここでは、①目的の明確化、②全体計画の策定、③経営幹部の合意について挙げていきたいと思います。

①目的の明確化

まず、自社の課題を整理したうえで、目的をはっきりさせることが重要です。離職防止や、早期の育成、若手社員の不安の除去などが挙げられます。

②全体計画の策定

次に、目的に基づいた全体的な計画を策定します。主に、何を具体的なゴールとするか(時期、理想的な姿など)、誰を対象とするか、どのような体制、運用、ルールとするかの3点を中心に検討します。「1年以内の新卒の新入社員が、社会に出て感じるリアリティギャップを定期的な面談で和らげ、1年以内での早期離職を〇%にする」などのようなものです。ゴールについては、具体的な目標を設定するケースもあります。離職率や人材育成(スキルなども含む)の到達度のような定量的に示せるものや、アンケートなどを通じて顕在化する社員の意識の変化などの定性的なもののいずれでも進捗度を測ることができます。具体的な実行に関わるルールなどについては、後ほど詳細を解説します。

③経営幹部の合意

目的や計画の決定後は、経営幹部に、制度の趣旨や目的、得られる効果などをしっかり理解、納得してもらうことが重要です。後に、全社員に対して取り組みに対する姿勢を伝える必要があるため、ここでの合意形成は重要です。

(2)推進体制の構築

制度の導入が決まったら、メンター制度を推進していくための体制構築を検討します。
メンター制度を機能させるためには、役割を以下の三つに分けると効果的です。

<図表6> 推進体制

セクション 実施事項例
経営幹部 制度の浸透や定着を図る役割を担います。制度の重要性を説く情報発信を行ったり、経営会議や管理職のミーティングでテーマとしてとりあげたりなどが挙げられます。
人事部などの主管部門 企画から運用まで、制度の一連の管理、調整を行います。研修の運営や、メンターへのフォロー、制度改善、効果測定などが挙げられます。
なお、この機能は部門に関わらず、プロジェクトチームを組んで実施するケースもあります。
上司 メンター制度は社内制度のひとつであることから、メンタリングも就業時間内に行うことが基本になります。従って、メンターもメンティーも一定の時間は定期的に業務を離れることになるため、直属の上司による配慮やサポートが必要になります。

次に、実際にメンター・メンティーとなる人の選定を行います。
メンティーは指名で行われることがほとんどですが、メンターについての選定方法は、指名、自薦、他薦とさまざまです。なお、自薦で行うとき、必要とする人数より立候補者が多くなり、一部の社員に絞る必要が生じることがあります。また、立候補者が少ないときは指名や他薦をしなければなりません。そのため、どのような観点でメンターを任せるのか、基準を決めておくことが必要です。例えば、積極的に話をしたり、話を聞いたりすることができるコミュニケーション能力があるかどうか、気軽に話しかけやすい雰囲気を持っているか、メンティーが行き詰ったときに適切なアドバイスができるかどうか、メンター自身の成功・失敗事例を語ることができるかどうか、メンティーの成長を喜ぶことができるかどうか、といったことです。

また、メンター・メンティーの組み合わせ方法については、メンター制度で解消したい課題によって判断が分かれています。具体的には、メンター・メンティーを、同じような仕事をする人同士で組み合わせるか、全く異なる仕事をする人で組み合わせるかという点です。前者の場合は、仕事上発生しうる細々した課題の解決もしやすく、後者の場合は、日ごろの業務で接点がある人には話しづらい悩みの相談がしやすい、といったメリットが挙げられます。

(3)運用ルールの決定

実際の運用においては、メンターとメンティーに大きく委ねることになりますが、基本的なルールを定めておく必要があります。ここでは、最低限必要とされるルールと、各社で運用が分かれる、決めておくと運用を進めやすいルールの二つに分けて説明します。

①最低限必要とされる運用ルール

  • ・メンターとメンティー間で話された内容は口外しない守秘義務を守ること
  • ・セクハラ、パワハラなどのハラスメントを発生させないこと
  • ・面談にて不都合が生じたときの相談窓口を設置すること
  • ・業務の一環と位置づけ、原則として就業時間内に行うこと

②各社で決めておくと運用を進めやすいルール

項目 パターン例 ポイント
実施期間 3カ月未満、1年 制度の目的に応じて期間を設定します。おおむね6カ月から1年程度としている企業が多い印象です。
面談の頻度と
面談時間
頻度:1カ月1回以上
時間数:1回30分など
頻度や時間数は当事者に任せることが多いですが、まったく実施されないのも問題ですし、反対に長くなりすぎて通常業務が滞り、残業が多くなるのも避けたいところです。一定の目安として示しておくと良いでしょう。
方法 場所:社内
方法:対面、メール
私的なことも含めた相談に至る場合があるため、閉鎖的な場所での実施が望まれます。また、方法は対面のほか、オンラインや、日常的なことであればメールを活用することもあります。
面談で話す内容 メンティーから提示する メンティーの話を聞くことが主たる目的となることが多いため、メンティーが主体的に話をするのが理想的です。初期については、人事部などからあらかじめテーマ例を挙げておくと話のきっかけとなりやすいです。なお、メンターがすべてを解消してくれるのではないことは、事前にお互いに理解してくことも重要です。
面談後のフォロー 面談後、人事部などにフォーマットに基づき報告する 報告系統を検討します。話しやすい環境を重視するのであれば、話された内容は、問題が生じている場合を除き、人事部、上司などに一切報告をしないケースもあります。
実施期間終了後 アンケートを実施する 効果測定をし、次年度以降につなげていくことが重要です。アンケートやヒアリングで効果測定を行う方法を検討しておくと良いでしょう。
費用負担 交通費、食事代など内容を絞ったうえで上限額を設定する 話しやすい環境のための場所や食事などを交えることも考えられます。メンターの金銭負担を増やしかねませんので、指定した金額まで会社が負担する方法も検討すると良いでしょう。

(4)事前研修や意見交換会などのフィードバックの実施

メンタリングの具体的なアクションに入る前に、メンターとメンティーに対しては事前研修を行うことが重要です。
事前研修の目的は、

  • ・メンター制度やメンタリングについて正しい知識を伝え、誤解や混乱を事前に防ぎ、不安を解消すること
  • ・効果的なメンタリングとするため、必要なスキルを身に着けること
  • ・対応中に問題が生じた場合の対処法を理解すること

などがあります。
また、例えばメンティーが、メンターがすべての悩みを解消してくれると過度に期待しては、メンターの負担も大きくなりすぎてしまいますし、仕事に対する取組姿勢も受け身やネガティブな姿勢にさせてしまっては元も子もありません。研修では、以下の項目を網羅しつつ、研修を通じてメンター・メンティーのお互いが、参画意識を高められるように工夫をしたいところです。

  • ・メンター制度の導入目的や背景
  • ・メンタリングとは何か
  • ・メンタリングの進め方
  • ・メンタリングで話し合う内容
  • ・メンタリングで要するスキル(ヒアリングや受容的態度など)
  • ・問題が起きた場合の対処法
  • ・メンタリングでの好事例

メンター同士で相談し合う機会があると、メンターの不安の除去や、取り組みの精度を上げることにつながることが期待できます。メンター同士で、随時個別で相談をすることを促進したり、定期的に意見交換会を実施したりすると良いでしょう。また、次年度に向けた改善点の抽出やフィードバック、効果測定を行うことも検討したいところです。例えば、メンタリングの適切な時間や頻度などの運用方法、事前研修の理解度などの施策のプロセス評価、メンタリングに対する満足度や意識変化に関するヒアリング、もともとの目的に対する成果の検証(離職率など)などが考えられます。

6.最後に

若手社員の離職を防止し、さらに育成につなげることはどの企業にとっても重要な課題です。メンター制度はこういった目的のために非常に有効な手段であるため、効果的に運用できるよう、ステップを踏んで制度の導入、定着を図っていくと良いでしょう。

【執筆者】

社会保険労務士法人 名南経営
 マネージャー
 田代 倫大(たしろ みちひろ)氏

保有資格:キャリアコンサルタント
クライアントさまからのさまざまな人事労務相談に応じながら人事労務業務の改善、就業規則等のルール整備、職場の活性化支援、人材採用に関する相談対応等を手掛けている。営業担当としても活動し、お客さまの真の課題の顕在化と解決のためのヒアリング・提案を行っている。医療機関や福祉施設などの特殊な業界にも精通している。