第19回企業に求められる過重労働対策

※この文章は、株式会社名南経営コンサルティングによるものです。

※この文章は、平成29年3月10日現在の情報に基づいて作成しています。
具体的な対応については、貴社の弁護士や社会保険労務士などの専門家とご相談ください。

違法な長時間労働や過労死などの事件を契機に、過重労働問題がクローズアップされています。最近になって労働基準監督署の調査や指導が行われたという企業も多く、働き方改革が叫ばれる中、本腰を入れて従業員の過重労働対策を講じなければならなくなっています。また、そういった取り組みをしなければ将来の労働力不足時代に生き残ることができなくなるといっても過言ではありません。
本コラムでは、先日、厚生労働省から発表されました「過労死等ゼロ」緊急対策を中心に過重労働対策について解説します。

1.過重労働の何が問題なのか

会社で夜遅くまで働き午前様になった、そんな声があちこちから聞こえた時代がありました。昭和の時代では当たり前の光景として見られましたが、今その光景は、一部の企業や業種を除いてかなり少なくなってきたように感じます。これは、各都道府県労働局や地域の労働基準監督署が、長い時間を掛けて啓蒙活動や是正指導を継続してきたことで、徐々に過重労働が解消されてきた成果と言えるでしょう。しかしながら、依然として長時間労働を肯定する声や、精神論で頑張ろうとする社風がある企業が存在することも事実です。1カ月間で100時間を超える時間外労働を行うと肉体的・精神的にダメージが与えられることは医学的に立証されており、長時間労働によって脳梗塞や心疾患などを発症する人も少なくありません。また、平成23年12月には精神障害の労災認定基準が策定されたことにより、長時間労働に起因したうつ病などの精神疾患が労働災害として認定されやすくなり、労災認定者は急増しました。
こうした問題の発生は、本人のみならず家族や会社関係者を含めて誰もが不幸になることはもちろんですし、対外的にブラック企業と揶揄されることで企業価値が低下し、人材の確保に苦戦することもあります。さらには、万が一、死亡に至ることがあれば、企業に対して安全配慮義務違反が問われ遺族から損害賠償等を請求されるリスクもあります。

2.発表された「過労死等ゼロ」緊急対策

違法な長時間労働や過労死などの事件を契機に、以前から対策が講じられてきた過重労働対策は、さらに高次元な基準を求められるようになってきました。平成28年4月には、すべての都道府県労働局に過重労働に関する監督指導等を専門に担当する「過重労働特別監督監理官」が配置され、その徹底した取り締まりは、マスメディアの報道によって知られるところです。また、平成28年12月26日に厚生労働省の長時間労働削減推進本部から発表された「過労死等ゼロ」緊急対策には、違法な長時間労働を許さない取り組みの強化策として、図表1のとおり明記されています。以下、順を追って解説します。

<図表1> 違法な長時間労働を許さない取り組みの強化

  1. ① 新ガイドラインによる労働時間の適正把握の徹底
  2. ② 長時間労働等に係る企業本社に対する指導
  3. ③ 是正指導段階での企業名公表制度の強化
  4. ④ 36協定未締結事業場に対する監督指導の徹底
  • [出典]厚生労働省「過労死等ゼロ」緊急対策 P1から一部抜粋
    http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11201000-Roudoukijunkyoku-Soumuka/0000147158.pdf

新ガイドラインによる労働時間の適正把握の徹底

過重労働が慢性的に発生している企業の多くは、労働時間に関する考えや運用が曖昧になっているように感じます。そもそも、「労働時間」とは労働基準法において明確に定められているものではありませんが、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」という考えが最高裁判例(三菱重工業長崎造船所事件・最高裁・平成12年3月9日判決)で確立されており、指揮命令の有無が労働時間として扱うかどうかの判断のポイントとなっています。ところが、企業によっては始業時刻や終業時刻が曖昧な状態となっていることがあり、こうした曖昧な管理を防止するためにも、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準(平成13年4月6日付け基発第339号労働基準局長通達)」が定められていました。この通達を基準として、平成29年1月20日にさらに詳細に定められた新ガイドラインが策定されました。注目すべきポイントとして、従来の通達では労働時間について記載されていませんでしたが、新ガイドラインでは図表2の通り「労働時間の考え方」が明確化されて追加されました。その他、自己申告制の時間管理の内容や賃金台帳の適正な調製なども追加され、今後の労働基準監督署による指導根拠にもなりますので、この新ガイドラインには目を通しておくべきでしょう。

<図表2> 労働時間の考え方一部抜粋

労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいい、使用者の明示または黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たる。そのため、次のアからウのような時間は、労働時間として扱わなければならないこと。

  1. ア 使用者の指示により、就業を命じられた業務に必要な準備行為(着用を義務付けられた所定の服装への着替え等)や業務終了後の業務に関連した後始末(清掃等)を事業場内において行った時間
  2. イ 使用者の指示があった場合には即時に業務に従事することを求められており、労働から離れることが保障されていない状態で待機等している時間(いわゆる「手待時間」)
  3. ウ 参加することが業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講や、使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間
  • [出典]厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン(平成29年1月20日策定)」一部抜粋
    http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000149439.pdf

長時間労働等に係る企業本社に対する指導

従来、労働基準監督署による監督指導は、支店や営業所など、事業場単位で行われていましたが、平成29年からは、企業幹部に対し、長時間労働削減や健康管理、メンタルヘルス対策(パワハラ防止対策を含む。)について指導し、その改善状況について全社的な立入調査により確認するという新たな取り組みが始まりました。これは、本社を中心にして過重労働対策に取り組むことを求めるものであり、複数の事業場を有する社会的に影響力の大きい企業で、概ね1年間に2カ所以上の事業場において重大で悪質な労働時間関係違反などが認められる場合に行われます(通達「違法な長時間労働や過労死等が複数の事業場で認められた企業の経営トップに対する都道府県労働局長等の指導の実施及び企業名の公表について」基発0120第1号平成29年1月20日)。

是正指導段階での企業名公表制度の強化

従来は、違法な長時間労働(月100時間超の残業を行っている労働者が、10人以上または4分の1以上いる場合(労基法第32条等違反))が1年間に3事業場認められた場合、企業名が労働基準監督署などからプレスリリースによって公表されていましたが、新たなルールでは、月100時間超から月80時間超に時間の基準が変更されるほか、過労死や過労自殺で労災支給が決定した場合も対象となるなど、企業名公表の要件が拡大されます。
企業名の公表は、企業価値の低下を招き、経営上のリスクを抱えることにもなりますので、対策は急務と考える必要があります(図表3参照)。

<図表3> 企業名公表制度の強化の概要

企業名公表制度の強化の概要
  • [出典]厚生労働省「過労死等ゼロ」緊急対策 P4-5
    http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11201000-Roudoukijunkyoku-Soumuka/0000147158.pdf

36協定未締結事業場に対する監督指導の徹底

36協定(時間外労働・休日労働に関する協定)は、時間外労働が行われる事業場において締結し、管轄の労働基準監督署に届け出なければなりませんが、支店や営業所によってはその内容と実態との乖離があったり、そもそも締結をしていなかったりなどで労働基準監督署から指導を受ける企業が少なくありません。
また、36協定の締結にあたっての従業員代表者の選任方法や適格性、協定の周知などについて労働基準監督官が直接従業員にヒアリングをして違法性を確認するケースもありますので、今まで以上に運用管理については徹底していく必要があります。

3.企業としての対策

以上のように、過重労働に対しては、従来以上に労働基準監督署から指導の徹底が行われるようになりますが、人員不足を理由に十分な対策を講じることができないという企業は相当数存在するものと思われます。
しかし、将来に向けての労働力人口の減少は、統計データからも明確に読み取ることができ、早い段階からその対策を考えていかなければ、過重労働が解消されるどころか、現在働いている従業員にさらに負荷がかかっていくことは自明の理です。もはやこれは時代の流れと受け止め、全社一丸となって働き方改革を推進し、在宅勤務を認めたり、非正規従業員が活躍できる場を与えたりするなどの対策を講じていかなければなりません。時には、取引先の見直しにまで踏み込むことも必要になるかもしれません。
時代が変わってきていることを認識して、すべての従業員が安心して長く働くことができるためにはどうしたらよいのかという視点で労務管理を行っていく必要があります。

【株式会社名南経営コンサルティング】

名南コンサルティングネットワークの一社として、幅広い顧客層にさまざまな経営コンサルティングなどを実践している。