第51回【働き方改革】同一労働同一賃金について

※この文章は、社会保険労務士法人 名南経営によるものです。

※この文章は、2019年10月7日現在の情報に基づいて作成しています。具体的な対応については、貴社の顧問弁護士や社会保険労務士などの専門家とご相談ください。

働き方改革の中で大きな影響が予想されるのが、同一労働同一賃金制度の導入です。これは、同一企業・団体における正規雇用労働者(無期雇用フルタイム労働者、以下「正社員」という)と非正規雇用労働者(有期雇用労働者・パートタイム労働者・派遣労働者、以下「非正社員」という)との間の不合理な待遇差の解消を目指すものです。
少子高齢化の進行、終身雇用が揺らぐ就業構造の変化などの社会経済情勢の変化に伴い、非正社員は、今や日本の労働者全体の4割※1近くを占め、その果たす役割の重要性が増しています。しかしながら、非正社員の時給は正社員の時給換算した賃金の70%程度※2に留まり、そればかりか賞与・退職金などの労働条件、福利厚生・教育訓練やキャリア形成などの待遇に大きな格差があることが社会問題となっています。このような状況を鑑み、雇用形態に関わらない公正な待遇の確保を目指して、各種法律を改正することにより、平成30年6月29日に「働き方改革関連法」が成立し、令和2年4月1日より同一労働同一賃金の制度が導入されることとなりました。
今回は、この同一労働同一賃金制度の概要と対応方法、注目すべき最高裁判決について解説します。

  • ※1:総務省統計局「労働力調査(詳細集計)平成30年(2018年)平均(速報)」P1-P3
    https://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/nen/dt/pdf/index1.pdf
  • ※2:内閣府「平成29年度 年次経済財政報告」第2-1-3図 正社員と非正社員の賃金差の推移
    https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je17/h06_hz020103.html

1.同一労働同一賃金に関する改正法の概要

現行、正社員と非正社員との不合理な待遇差、労働条件の差異や差別的な取り扱いを禁止する規定は、有期雇用労働者の場合は「労働契約法」(以下「労契法」という)第20条において、パートタイム労働者の場合は「短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律(以下「パートタイム労働法」という)」第8条・第9条において別々に定められています。今回の改正では、パートタイム労働法に有期雇用労働者も対象に加えて「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(以下「パートタイム・有期雇用労働法」という)」として令和2年4月1日に施行され、労契法第20条は削除される予定です。ただし、中小企業※3への適用は、令和3年4月1日からと適用時期が猶予されています。
また、派遣労働者についても「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律(以下「労働者派遣法」という)」が改正され、こちらは企業規模を問わず令和2年4月1日から施行されることに注意が必要です。

  • ※3:中小企業の範囲については、第43回コラム「施行直前!働き方改革関連法2019年4月施行分の必須対応」図表2をご参照ください。
    https://biz.orix.co.jp/ic/consult/p43.htm

2.パートタイム・有期雇用労働法、労働者派遣法における改正のポイント

雇用形態に関わらない公正な待遇を確保するため、次に示す三つの重要な見直しが行われました。それぞれのポイントについて解説します※4

  1. ① 不合理な待遇差の禁止
  2. ② 労働者に対する待遇に関する説明義務の強化
  3. ③ 行政による事業主への助言・指導等や裁判外紛争解決手続き(行政ADR)の整備

不合理な待遇差の禁止

同一企業内において、正社員と非正社員との間で、基本給や賞与などあらゆる待遇について不合理な待遇差を設けることが禁止されます。また、同一労働同一賃金ガイドライン(以下「ガイドライン」)※5において、どのような待遇差が不合理に当たるかが例示されました。

1)パートタイム労働者・有期雇用労働者について

裁判の際に判断基準となる「均等待遇規定」「均衡待遇規定」が整備されました。
「均等待遇規定」とは、「職務内容」(業務の内容および責任の程度)と、「職務内容・配置の変更の範囲」(退職までの長期的な人材活用の仕組みや運用など)が同じ場合は、差別的取り扱いを禁止するものです。
「均衡待遇規定」とは、「職務内容」と「職務内容・配置の変更の範囲」に加え、「その他の事情」の内容を考慮して不合理な待遇差を禁止するものです。特に基本給、賞与、役職手当、食事手当、福利厚生、教育訓練などの個々の待遇ごとに、当該待遇の性質・目的に照らして適切と認められる事情を考慮して判断されるべき旨が明確化されました。この実効性を確保するためにガイドラインが策定されました。

2)派遣労働者について

派遣労働者の就業場所は派遣先であり、待遇に関する派遣労働者の納得感を考慮する上で、派遣先労働者との均等・均衡は重要な観点です。しかし、派遣先の賃金水準と職務の難易度が常に整合的とは言えないため、結果として、派遣労働者の段階的・体系的なキャリアアップ支援と不整合な事態を招くこともあり得ます。
こうした状況を踏まえ、派遣元企業は、次の(a)(b)いずれかの方法によって派遣労働者の待遇を確保することが義務化されました。
(a) 派遣先労働者との均等・均衡方式
(b) 労使協定による一定水準を満たす待遇決定方式
併せて、派遣先になろうとする事業主に対し、派遣先労働者の待遇に関する派遣元への情報提供義務が新設されました。
また、派遣先事業主に、派遣元事業主が上記(a)(b)を順守できるよう派遣料金の額の配慮義務が創設されました。さらに、均等・均衡待遇規定の明確化のため、ガイドラインが策定されました。

(a) 派遣先労働者との均等・均衡方式

これは、派遣先企業の通常の労働者(正社員)との均等・均衡待遇を図る方式で、不合理性の判断については、パートタイム労働者・有期雇用労働者について整備された「均等待遇規定」「均衡待遇規定」と同様です。

【派遣先均等・均衡方式】派遣先 の通常の労働者との 均等・均衡待遇
(b) 労使協定による一定水準を満たす待遇決定方式

これは、過半数労働組合または過半数代表者(過半数労働組合がない場合に限ります)と派遣元事業主との間で一定の事項を定めた労使協定を書面で締結し、労使協定で定めた事項を順守しているときは、一部の待遇を除き、この労使協定に基づき待遇が決定される方式です。

【労使協定方式】一定の要件を満たす労使協定による待遇
  • (出典) 厚生労働省「平成30年労働者派遣法改正の概要<同一労働同一賃金>」から図を引用
    https://www.mhlw.go.jp/content/000473039.pdf

労働者に対する待遇に関する説明義務の強化

以前より事業主は、パートタイム労働者や派遣労働者に対して、雇用管理上の措置内容(賃金、教育訓練、福利厚生施設の利用など)の雇い入れ時の説明義務や、待遇決定に際しての考慮事項の説明を求められた場合に説明義務はありましたが、新たに有期雇用労働者に対してもその義務が付されました。また、非正社員から「正社員との待遇差の内容や理由」などについて説明を求められた事業主は、その説明をすることが新たな義務となりました。さらに、これらの説明を求めた非正社員に対する不利益な取り扱いが禁止されることになりました。

行政による事業主への助言・指導等や裁判外紛争解決手続き(行政ADR)の整備

都道府県労働局において、無料・非公開で行われる裁判外紛争解決手続きを行うことができるようになり、「均衡待遇」や「待遇差の内容・理由」に関する説明についても、紛争解決手続きの対象となりました。

■ガイドラインについて

同一労働同一賃金の実現に向けて方針を定めたものがガイドラインであり、同一企業内における正社員と非正社員との間に、基本給、昇給、賞与、各種手当や教育訓練、福利厚生などについて待遇の相違が存在する場合に、どのような待遇の相違が不合理と認められ、あるいは認められるものでないかなどの原則となる考え方と具体例が示されています。
このガイドラインに原則となる考え方が示されていない退職手当、住宅手当、家族手当などの待遇や、具体例に該当しない場合についても、不合理と認められる待遇の相違の解消などが求められています。このため、各事業主においては労使の間で、個別に具体的な事情に応じて待遇の体系について議論してゆくことが望まれています。
また、正社員の待遇を非正社員の水準に引き下げて待遇の相違などを解消する方法は望ましくないとの判断もあわせて示されています。
このガイドラインは、令和2年4月1日の改正法の施行と同時に適用される予定です。

  • ※4:厚生労働省「雇用形態に関わらない公正な待遇の確保」
    https://www.mhlw.go.jp/content/000536884.pdf
  • ※5:厚生労働省「同一労働同一賃金ガイドライン」
    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000190591.html

3.二つの最高裁判決

政府が平成28年12月20日に「同一労働同一賃金ガイドライン案」※6を公表して以降、労契法第20条をめぐる労働裁判の判決が次々と下され、個別事案とはいえ、司法判断が徐々に固まってきています。その中でも、平成30年6月1日の最高裁判決において、不合理性を確認する判断基準が明確に示され、同一労働同一賃金のガイドラインにも大きな影響を与えた二つの判例をご紹介します。

H社未払賃金等支払請求事件※7

大手貨物運送会社の有期雇用労働者が、無事故手当、作業手当、給食手当、皆勤手当、家族手当、通勤手当および賞与の支給、定期昇給並びに退職金の支給など(以下「諸手当など」)に関し、正社員との間で労働条件に不合理な相違があると主張した事案です。職務内容が異ならないため、正社員と差異を設けることは不合理であると判断されました。
この判決において、均等・均衡の確認をするに当たっては、給与の総支給額や年収ではなく、諸手当などそれぞれの趣旨・目的に基づき、正社員と非正社員との差に不合理がないかを個別に判断することを明確に示したことがポイントです。
例えば、無事故手当について、安全運転および事故防止の必要性は正社員と非正社員との間で変わるものではないとして不合理と判断された一方で、住宅手当については、従業員の住宅に要する費用を補助する趣旨で支給されるものであり、非正社員は転居を伴う配転が予定されていないのに対し、正社員については転居を伴う配転が予定され、住宅に要する費用が多額となり得る可能性があることからその差異は不合理ではないとされました。

N運輸地位確認等請求事件※8

貨物運送会社を定年再雇用により、会社と有期労働契約を締結して嘱託社員として就労している労働者が、正社員との間に不合理な労働条件の相違が存在すると主張した事案です。定年前後で仕事の内容に変わりはないものの、定年再雇用により、各種手当など賃金体系が変更になるとともに、年収が定年前と比較して低下したことが争点とされましたが、労働条件の各項目を個別に判断した上で、定年再雇用の嘱託社員の賃金を減少させた取り扱いが許容されました。
定年退職に当たり退職金の支給を受けたこと、老齢厚生年金の支給を受けることが予定されていること、労働組合との交渉により老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が開始されるまでの間、月額2万円の調整給の支給を受けること、年収は定年退職前の79%程度であるが、その賃金体系は収入の安定に配慮しながら、労務の成果が賃金に反映されやすくなるように工夫された内容になっていることなどが、均衡待遇を判断する際の「その他の事情」に当たるとして、一定程度の賃金差異が許容されました。

裁判例から見る同一労働同一賃金の法的対応

この二つの最高裁判決からいえることは、職務に関連する各種手当について、その支給趣旨から、正社員と非正社員との間で差異を設けることに違和感があり、合理的な理由がなければ、不合理であると判断される可能性が高いと考えられます。
また、各種手当の不合理性の判断においては、
手当の目的
職務内容に基づく必要性の差異
転勤や出向の可能性、中核人材育成という人材活用の仕組みの差異
その他の事情
という流れで検証していることから、今後、さまざまな待遇の判断を行う際の基本的な考えとなるでしょう。

  • ※6:首相官邸「同一労働同一賃金ガイドライン案」
    https://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou3.pdf
  • ※7:裁判所「最高裁判所判例」事件番号?平成28(受)2099
    http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=87784
  • ※8:裁判所「最高裁判所判例」事件番号?平成29(受)442
    http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=87785

4.企業の対応手順

企業としては、裁判例の動向やガイドラインの内容を踏まえて、適切な待遇のあり方を検討していかなればなりません。改正法が施行される前に、計画的に対応を進めておく必要があります。

現状の整理

まずは企業内のすべての雇用形態別に、基本給や賞与、諸手当だけでなく、教育訓練、福利厚生、休憩、休日、休暇、安全衛生、災害補償、服務規律、解雇・配転・懲戒などすべての待遇を整理したマトリックス表を作成するとよいでしょう。個々の待遇ごとに、その性質・目的を確認していきます。

差異の有無、内容の把握・確認

次に、すべての雇用形態別に正社員と非正社員の待遇を比較し、差異の有無を確認します。さらに、差異がある場合は、待遇の性質・目的に照らして、差異が不合理でないかを確認します。待遇差がある場合、企業に求められるのは「主観的・抽象的な説明」ではなく、「客観的・具体的な実態に合わせた合理的な説明」です。その説明ができないようであれば、不合理な待遇差となる可能性が高いといえます。待遇差について、合理的な説明ができるかが重要なポイントとなります。

処遇の見直し、説明文書の準備

説明に窮するような不合理な差異がある場合は、処遇の見直しを検討すべきです。処遇の見直しを行うにあたっては、性質や目的が明確である通勤手当などの諸手当や福利厚生から優先的に取り掛かるとよいでしょう。処遇の整理が完了した後には、非正社員への説明に備え、あらかじめ説明文書をまとめておくようにしましょう。

<参考> 厚生労働省「パートタイム・有期雇用労働法 対応のための取組手順書」
https://www.mhlw.go.jp/content/000540720.pdf

同一労働同一賃金の対応においては、各種処遇の確認や見直しが必要となります。雇用区分や処遇が多ければ多いほど、その検討には時間を要することになり、人事制度全体の見直しが必要になることも考えられます。新法の施行日から逆算した検討・対応スケジュールを作成し、計画的に進めるとよいでしょう。

【社会保険労務士法人 名南経営】

名南コンサルティングネットワークの一社として、幅広い顧客層にさまざまな経営コンサルティングなどを実践している。