第58回定年延長に伴う実務対応と注意点
※この文章は、社会保険労務士法人 名南経営によるものです。
※この文章は、2020年5月29日現在の情報に基づいて作成しています。具体的な対応については、貴社の顧問弁護士や社会保険労務士などの専門家とご相談ください。
第56回のコラム「高齢者雇用の注意点と法的動向」では、令和2年3月31日に国会で可決・成立した高年齢者雇用安定法(高年齢者等の雇用の安定等に関する法律)の改正により、令和3年4月1日から施行される70歳までの就業機会確保措置などについて解説しました。これにより、高齢者雇用に関する法規制は新たな段階に入りましたが、企業の中には、変わりゆく法規制への対応という以外に、人事上の課題解決や経営戦略の一環として、すでに定年制度の延長を実施しているところがあります。今回は定年延長の進め方と、その注意点について解説します。
1.高年齢者雇用安定法の仕組みと企業の対応状況
現行の高年齢者雇用安定法では、定年は60歳を下回ることはできないとされており、60歳以降は以下の①から③のうちいずれかの制度を導入しなければならないことになっています。
- ① 65歳までの定年延長(定年の引き上げ)
- ② 65歳までの継続雇用制度の導入(子会社・関連会社での継続雇用を含む)
- ③ 定年の廃止
これを受けて、各企業がどのような措置を講じているかをまとめたのが次の図表1です。なお、厚生労働省の「高年齢者の雇用状況」の集計では、従業員31人~300人規模を「中小企業」、301人以上規模を「大企業」としています。
<図表1> 雇用確保措置の内訳
- (出典)厚生労働省「令和元年「高年齢者の雇用状況」集計結果」P4
https://www.mhlw.go.jp/content/11703000/000569181.pdf
最も多いのは継続雇用制度の導入ですが、定年延長を実施している企業も約2割あり、その割合は中小企業のほうが高くなっています。一般的に、人事制度には不可逆的な性質があるため、大企業では、定年を一律に引き上げるよりも、企業側に柔軟な運用の余地が残る継続雇用制度が好まれています。しかし、図表2をみると、近年徐々にではありますが、大企業でも定年延長を行う企業が増えてきていることが分かります。独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構の調査※1によれば、定年を延長した理由については、「高齢社員に働いてもらうことにより、人手を確保するため」(74.7%)、「60歳を超えても元気に働けるから」(65.4%)、「優秀な高齢社員に引き続き働いてもらいたいと考えたから」(54.0%)と、半数を超える企業がこれら3つの理由を挙げています。少子化により若年人材の雇用確保が困難になっていく中で、年齢に縛られることなく、スキルや経験をもった高齢者を引き続き活用していきたいという企業の事情がうかがえます。
<図表2> 定年延長を実施している企業数の推移(各年6月1日現在)
中小企業 (従業員数:31人~300人) |
大企業 (従業員数:301人以上) |
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調査対象 企業数 |
定年延長 実施企業数 |
定年延長 企業数割合 |
調査対象 企業数 |
定年延長 実施企業数 |
定年延長 企業数割合 |
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平成26年 | 130,812 | 21,246 | 16.2% | 15,090 | 1,071 | 7.1% |
平成27年 | 133,554 | 21,995 | 16.5% | 15,437 | 1,164 | 7.5% |
平成28年 | 137,213 | 23,187 | 16.9% | 15,810 | 1,290 | 8.2% |
平成29年 | 139,888 | 25,155 | 18.0% | 16,225 | 1,437 | 8.9% |
平成30年 | 140,628 | 26,755 | 19.0% | 16,361 | 1,604 | 9.8% |
令和元年 | 144,571 | 29,451 | 20.4% | 16,807 | 1,868 | 11.1% |
- (出典)厚生労働省「高年齢者の雇用状況(平成26年~令和元年)」
各年の別表:表3-1雇用確保措置実施企業における措置内容の内訳 ②定年の引き上げを加工して掲載
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000182200_00003.html
- ※1:独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構「改訂版 定年延長、本当のところ」
P26 6.定年を延長した理由
https://www.jeed.or.jp/elderly/data/q2k4vk000001u9yn-att/q2k4vk000001ua1b.pdf
では、企業が定年延長を進める一方で、当事者である高齢者層は、自身の今後の働き方についてどのように考えているのでしょうか。内閣府が60歳以上の男女を対象に行った意識調査によると、65歳を超えても働き続けたいと考えている人が8割近くもいることが分かります(図表3)。企業としては、人生100年時代の到来を見据え、生活資金の確保や生きがいなどを求めて、健康なうちは働き続けたいと考える人が多く存在することを理解し、従業員の希望を反映できるよう柔軟性のある制度の構築が求められます。
<図表3> 高齢者の就業継続意欲
- (出典)内閣府「令和元年版高齢社会白書(全体版)」第1章 高齢化の状況(第2節1)
図1-2-1-16「あなたは、何歳頃まで収入を伴う仕事をしたいですか」
https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2019/html/zenbun/s1_2_1.html
2.定年延長の制度設計に必要な検討事項
定年延長の制度設計は、当事者である中高齢者層だけではなく、全世代の従業員の働き方に影響を及ぼす可能性があるため、人事制度全体を俯瞰してバランスをとることが求められます。
一般的に、制度設計のデザインは以下のようなプロセスを経て行います。
- ① 定年延長によってどのような経営課題の解決を目指すのか
- ② 定年延長によって影響を受ける人は誰なのか
- ③ 従来の定年年齢を超えて働く従業員にどのような役割を期待するのか
- ④ その役割に見合う処遇(賃金水準など)はどの程度にすべきなのか
- ⑤ 制度変更によって、人件費がどのように変化するのか
- ⑥ 制度変更をした場合、従業員はどのような反応を示すと思われるのか
- ⑦ 従業員に不利益になる部分について、どのように手当てをするのか
このように、まずは人事制度全体を横断的に俯瞰して方向性を定めます。方向性を決めるにあたっては、従業員の年齢構成や今後の採用計画などの人事情報や、高齢者雇用に関する今後の法改正の動向についても参考にします。
方向性が定まったところで、具体的な制度設計を行っていきます。定年の延長を行う際は、少なくとも以下のような事項(図表4)について検討していくことになります。
<図表4> 定年延長にあたって検討すべき事項
(1)定年年齢 | 定年年齢を新たに何歳までとするか |
(2)業務内容・役割 | 延長した定年まで、どのような仕事を行わせるか |
(3)役職 | 役職定年を設けるか |
(4)賃金 | 賃金はどのように決定するか |
(5)人事評価 | 評価を行うか、行うとすればどのように評価するか |
(6)退職金 | 積み立てや支給時期をどうするか |
(7)早期退職優遇制度 | 制度を設けるか、どのような運用とするか |
(8)移行措置 | すでに定年を迎えている従業員の取り扱いをどうするか |
(1)定年年齢
定年延長を実施した企業では、65歳への引き上げが最も一般的ですが、もちろん、66歳以降の引き上げという選択肢もあります。ただし、年齢があがるにつれて健康状態のリスクが高まるため、自社の業務内容や負荷を考慮して決めるのがよいでしょう。また、定年延長の実施にあたり、激変緩和措置として、段階的に定年年齢の引き上げを行う企業もあります。一度に引き上げるか段階的に引き上げるかは、対象者の数や影響の程度を踏まえて検討することになります。
(2)業務内容・役割
継続雇用制度による定年後再雇用の仕組みでは、一旦これまでの働き方をリセットしたうえで、労働条件や業務内容が見直されることが多いのですが、定年延長では、新しい定年年齢までの間、これまでの働き方が引き継がれるため、業務内容についてもほとんど変わらないことが一般的です(図表5)。
また、60歳以上の従業員に対しては、企業側は知識・スキル・ノウハウの伝承や、後輩の指導といった教育担当的な役割を期待していることが分かります(図表6)。建設業等の企業の中には、指導役を担う熟練の技術者に「マイスター」や「匠」などの称号を付与し、後進の育成に対し、意識付けやモチベーションアップを図っているところもあります。
<図表5> 60歳以上の従業員の仕事内容(業種別)
- (出典)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構「改訂版 定年延長、本当のところ」
P20 図表3-20 60 歳以上社員の仕事内容(業種別) n=1,596
https://www.jeed.or.jp/elderly/data/q2k4vk000001u9yn-att/q2k4vk000001ua1b.pdf
<図表6> 60歳以上の従業員に期待する役割(複数回答)
- (出典)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構「改訂版 定年延長、本当のところ」
P22 図表 3-24 60 歳以上社員に期待する役割(複数回答) n=1,840
https://www.jeed.or.jp/elderly/data/q2k4vk000001u9yn-att/q2k4vk000001ua1b.pdf
(3)役職
中小企業では役職定年を定めていない企業も多く見られますが、定年延長後も従前の役職を継続するということは、若手や中堅層からすれば昇進や昇格の機会が失われることになります。組織の新陳代謝を促すためにも、役職定年を新たに設けることも一考でしょう。その一方で、役職を外れた従業員のケアも必要です。名刺から肩書が消えるとモチベーションダウンを招く恐れがあるため、「専任部長」や「シニアマネージャー」などの肩書を付与することも考えられます。
(4)賃金
(2)で述べたように、定年延長の場合は、従前と同じ業務内容や役割で働くことが多いため、賃金水準も従前と変わらないように設定している企業が多く見られます(図表7)。しかしこれは、定年再雇用のタイミングで賃金水準をリセットする場合と比較すると、会社全体の人件費総額が増えることになります。人件費の増加を抑制したいということであれば、賃金制度の見直しを行う必要があります。見直しの方法は二つあり、一つは60歳以降の賃金制度を設計する方法と、もう一つは60歳以前の賃金制度を含めて再設計する方法です。
前者では、60歳以降の賃金水準について、役割や成果のランクによって月例給与や賞与のレートを定め、評価に基づいて適用していきます。これにより、役割や成果、パフォーマンスに応じて貢献度の高い人には多く還元されるメリハリの利いた制度になります。後者では、60歳以降も従前と同じ賃金制度で運用できるように、賃金制度全体の賃金カーブを見直します。これにより60歳前後で連続性のある賃金水準となることから、60歳以降も安心感をもって働き続けることができます。しかし、賃金カーブの見直しによって昇給が早期に頭打ちになるなど、不利益を被る従業員も発生します。そのような従業員に対しては、目先の賃金ではなく、生涯賃金で見れば受け取れる金額に変わりがないことを伝え、理解を得るようにします。
<図表7> 60歳以上の従業員の賃金水準
- (出典)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構「改訂版 定年延長、本当のところ」
P24 図表 3-30 60 歳以上社員の賃金 n=1,840
https://www.jeed.or.jp/elderly/data/q2k4vk000001u9yn-att/q2k4vk000001ua1b.pdf
(5)人事評価
継続雇用制度の運用下では、本人の働きぶりにかかわらず賃金水準が固定であったり、毎年一定割合で減額されたりすることが多いため、本人のモチベーション維持が課題とされていました。しかし、定年延長の場合は、原則として60歳以前と同様に、毎年人事評価を行うことが一般的です。ただし、評価項目については、求める役割などに応じて、60歳以前と違いをもたせることも考えられます。
(6)退職金
定年延長を実施した企業の多くでは、退職金の金額は60歳時点で確定させ、受取時期を新たな定年に達したときとしています。中には、60歳以降も積み立てを続ける企業もあり、この部分は各企業の設計次第となります。ここで問題となるのが、従来の継続雇用制度では、60歳の定年退職時に退職金を受け取っていたため、定年延長によって受給時期が繰り下がると、住宅ローンなどの一括返済にあてようと考えていた従業員にとっては不都合になるということです。こうした状況を救済するために、60歳時点で退職金を支給することも考えられますが、この時点では実際には退職していないことから、税制優遇措置を受けられる「退職所得」にあたらず、給与所得とみなされる可能性があるため注意が必要です※2。
- ※2:国税庁「所得税基本通達」法第30条《退職所得》関係30-2 (5)
https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/shotoku/04/04.htm
税務上の取り扱いとして、延長前の定年に支給することに「相当の理由があると認められる場合」は退職所得とみなされるとあります。これにあたるかどうかは、税務署へ確認を取る必要があります。
(7)早期退職優遇制度
定年延長によって働ける期間が延びる一方で、従業員の中には定年を待たずに退職して、違う環境でセカンドライフをスタートさせたいと考えている人もいます。しかし、定年延長が実施されると、例えば60歳で退職したいと考えている人は、定年退職ではなく、自己都合退職の扱いになります。通常、退職金制度において、自己都合退職の場合は退職金の係数が低く設定されていることから、自己都合での退職は損と考え、不本意ながら新しい定年まで会社にとどまる人も出てくると思われます。モチベーションの低い状態で働き続けるのは、会社にとっても本人にとっても望ましくありません。
こうした事態を回避するための仕組みとして、早期退職優遇制度というものがあります。定年を前に退職を希望した場合、退職金を上乗せしたり、準備休暇を与えたりするなど、本人の転進を支援する制度です。社内の新陳代謝を促す効果もありますが、その反面、会社への貢献度の高い従業員が若くして退職してしまうリスクもあるため、利用条件や優遇措置については慎重に検討する必要があります。
(8)移行措置
定年延長実施時に、すでに定年を迎え、継続雇用制度の対象となっている従業員をどのように取り扱うかについても検討しておく必要があります。今後新たに60歳を迎える人は、そのまま従前と同じ身分が引き継がれますが、すでに定年再雇用の対象となっている人は、有期契約になっていたり、賃金水準が下がっていたりしています。こうした人が不公平さを感じないように、本人の希望により正社員区分に戻すなどの対処が求められます。
3.従業員への周知の方法
定年延長の制度変更の実施にあたっては、特に影響の大きい、今後定年を迎える予定の従業員を中心に、その趣旨や運用方法を丁寧に説明する必要があります。また、制度変更の実施に合わせて、自らのキャリアやライフプランを考えるための機会や研修を設け、会社のメッセージを伝えていくと効果的です。
4.定年延長で利用できる助成金
65歳以上への定年延長を行う企業への支援策として、「65歳超雇用推進助成金(65歳超継続雇用促進コース)」※3を利用することができます。この助成金は、65歳以上への定年延長、定年の廃止、希望者全員を66歳以上の年齢まで雇用する継続雇用制度の導入のいずれかを実施し、その実施にあたり経費を要した事業所に対し、60歳以上の雇用保険被保険者数に応じて5万円~160万円が支給されます。
- ※3:厚生労働省「65歳超雇用推進助成金」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000139692.html
5.さいごに
今回は、現行の高年齢者雇用安定法で求められている65歳までの定年延長について解説しましたが、いずれは70歳までの就業機会を確保しなければならない世の中が到来します。そうした環境が訪れる前に、経験豊富でモチベーションの高い高齢社員を戦力化する仕組みを作っておくことが、企業の競争力確保にもつながります。従業員のニーズに耳を傾けながら、自社の事業特性に合わせた制度設計を行っていきましょう。
【社会保険労務士法人 名南経営】
名南コンサルティングネットワークの一社として、幅広い顧客層にさまざまな経営コンサルティングなどを実践している。