第67回希望退職募集と実務運用の注意点

※この文章は、社会保険労務士法人 名南経営によるものです。

※この文章は、2021年4月9日現在の情報に基づいて作成しています。具体的な対応については、貴社の顧問弁護士や社会保険労務士などの専門家とご相談ください。

1.はじめに

日経平均株価が30年振りに3万円の大台を回復する一方で、市民が実感する景況感はそれほどよいものではないように感じます。多くの小売店や飲食店、宿泊施設は客数が減少し、新聞報道に目を向けても閉鎖や縮小といったキーワードが増えています。必然的にそこで働いていた人々は働く場を失うことになり、「A社は○○人をリストラ」といったセンセーショナルな見出しの週刊誌の広告もしばしば目にするようになってきました。東京商工リサーチは、2020年に早期・希望退職募集を開示した上場企業は93社、リーマン・ショック以降では2009年に次ぐ高水準であり、特にアパレル・繊維製品が多かったと発表しています※1

  • ※1:株式会社東京商工リサーチ「2020年上場企業の早期・希望退職93社 リーマン・ショック以降で09年に次ぐ高水準」2021年1月21日発表
    https://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20210121_01.html

2.雇用調整を進める前に

企業経営が悪化した場合、人員を整理すれば人件費の圧縮により、経営の悪化を少しでも食い止められる可能性はありますが、それは短絡的に実行しうるものではなく、慎重な検討やステップに基づいた順序というものが求められます。労働契約法では第16条において「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と定めており、その「客観的に合理的な理由」は高いレベルで求められています。例えば、人員削減の検討の一方で、中途採用の求人募集を続けていたり、経営者は桁違いの役員報酬を減らすことなくもらい続けていたり、というような場合には、その解雇は「客観的に合理的な理由」にはならず、争いごとになれば企業側が不利になります。
では何をどの程度事前に取り組めば「客観的に合理的な理由」として認められるのかという点については、前回のコラム(第66回 雇用調整における人事労務管理対策)にまとめましたが、人員整理を検討する際には以下の4点の軸が重要となります。これは、整理解雇における4要素といわれており、かつては4要件としてすべての要件を満たさなければ合理的とは認められないとされていましたが、現在では4つのそれぞれの状況を鑑みながら総合的に判断されるようになってきています。

(1)人員削減の必要性
(2)解雇回避の努力
(3)人員選定の合理性
(4)手続きの妥当性

3.希望退職の募集と早期退職優遇制度

人員削減を検討する際、まずは希望退職の募集を行うことになりますが、類似した制度として早期退職優遇制度があります。これらは同じ人員削減を目的としますが、似て非なるものであり、それぞれを正しく理解しておかなければ混乱を招くことがありますので注意が必要です。
定年前の従業員に対して退職金制度の加算などを行うことによって自主的な退職を促し、雇用契約を労使が合意の下で解約するという点はどちらも一緒です。しかし早期退職優遇制度は、人事施策の一環として恒常的に行うことが一般的です。世の中の産業構造が変わりつつある中で多数の人員を抱えている状態ではやがて組織は硬直化し、経営状況を圧迫する恐れがあるため、人員の新陳代謝を促進すべく、特に中高年の従業員に対して転身を促すために退職金制度の加算や転職のサポートなどを制度として定めるものです。企業によっては選択定年制といった表現を用いて運用することもあります。
一方で、希望退職の募集は、経営が危機的な状況に陥ったときに緊急的に行うものであり、恒常的に制度として行う早期退職優遇制度とは異なります。早期退職優遇制度では応募がない場合に次の段階に進んでさらに退職を促すという施策は通常ありませんが、希望退職の募集は人員を削減する必要性があることから、応募がなければ最終的には解雇をせざるを得ない点が大きく異なります。したがって、従業員への案内にあたっては、「早期退職の募集」「希望退職者を募ります」など、どちらにでも解釈ができる表現は避けるべきであり、どのような制度であるのか、応募がなかった場合はどうなるのかといった点も併せて伝えておくことが必要です。

4.希望退職の募集を進めるにあたって

すでにコストの削減や役員報酬の削減などのさまざまな策を講じた後に行う希望退職の募集については、あらかじめストーリーを練ったうえで実施をしなければ混乱が予想されます。人員を削減するということは、今まで働いてくれていた従業員の人生を狂わせてしまうということになりかねず、窮鼠猫を噛むという言葉があるように、逃げ場を失い後ろ盾のない従業員が集団で内容の不当性などについて会社を提訴することがあります。一連の人員削減を巡る労働裁判例が少なくないことがそれを証左しており、また、これまで有名無実化していた労働組合が反旗を翻すかの如く抵抗してくるケースも多く、たとえ労働裁判にまで発展しなくても、労使間のトラブルが発生する可能性が高いことは間違いありません。そうした騒動の渦中で、優秀で辞めてほしくない人材が次々に会社を去っていくといった事態も多くみられます。そういった紛争や事態を避けるために、あらかじめのストーリーが非常に重要ということになってくるわけです。

5.希望退職実施の事前検討事項

(1)募集人員数をどの程度に設定するか

まず会社の経営状況や将来的な組織構成を鑑み、どの程度の人員を削減するのかという検討が必要です。この場合、人数を先に決めるのではなく、削減することによる人件費削減効果や会社再建に向けた組織体制などを元に検討します。
最近の大手企業の希望退職において、募集人員を大幅に上回る応募があったという報道を目にすることがしばしばありますが、想定以上の応募という事態もどの程度まで許容するのかをあらかじめ検討しておかなければなりません。多くの募集があれば、会社としては経営のスリム化にはなりますが、それによって組織全体が脆弱になり過ぎてしまっては再建どころではなくなってしまい本末転倒です。適正な募集人員数の設定は今後の会社継続にとって重要なポイントです。

(2)対象者をどのように設定するか

募集人員数を設定した後は、対象者をどのように設定するかという点の検討が必要となります。例えば、IT系企業において希望退職の募集にあたって30名の人員設定と決定したとしても、プログラミングやマーケティングなどに長けている人材が次々に応募をする一方で、新たなる業界の変革についていけないような人材ばかりが残ってしまっては、財務体質は改善されても、会社の今後の存続問題に関わります。
したがって対象者の設定は極めて重要なポイントです。一般的には、「○年○月○日時点で45歳以上の者」「○年○月○日時点で勤続20年以上の者」といった設定が考えられます。気を付けなければならないのは、条件を絞り過ぎることで特定の個人を狙い撃ちするかのような設定になってしまうことです。例えば、「○○地区において、○年○月○日時点で55歳以上かつ勤続25年以上の○○職に従事し、○○資格を有しない者」という設定によって、対象者はAさんとBさんしかいないと推測できてしまうような定め方は、希望退職募集の名を借りた指名解雇であるということで合理性が否定されることがありますので、注意をしなければなりません。
とはいえ、ある程度幅を広げた募集対象者を設定すると、今後の会社の再建にあたって不可欠な人材が退職してしまう可能性もあります。そのため一般的には、諸条件のほかに「会社が承認をした者」といったルールを付加させます。そうすることによって辞めてほしくない人材を引き留めることができます。

(3)応募にあたってのインセンティブ設定をどうするか

長年働いてきた会社を去るということは勇気が要ることです。住宅ローンの返済や子どもの教育資金などを考えるとなかなか手が挙がらないものです。特に経験豊富な中高年ともなれば、労働市場では即戦力人材と期待されますので、自社でしか通用しない知識しかない場合には転職すること自体も難しいですし、地域によっては十分な企業数がないため転職するには引っ越しをせざるを得ないという場合もあります。そのため、希望退職への応募を誘引させる目的で、一般的には何らかのインセンティブを設定します。
代表的なインセンティブは退職金の割増制度です。年齢や勤続年数などに応じて○年○月○日時点の基本給に○カ月分を通常の退職金とは別に加算するといったように人材の流動を促したい層に手厚く設定します。
また、退職日まで日にちが少ない場合には、保有している年次有給休暇の残日数を、退職後に1日あたりの金額を設定して買い上げて退職金に上乗せするといったインセンティブを設定する企業もあります。年次有給休暇は、在職中の買い上げは労働基準法第39条違反になりますが、退職後に買い上げることは違法ではないため、1日あたりの設定金額は企業が自由に定めることができます。
さらには、通常の年次有給休暇とは別に、転職活動のための特別有給休暇を設定することもインセンティブとして有効です。従業員は通常の賃金相当が一定期間保障された中で転職活動を行うことができるため安心感が高まりますので、応募への誘引効果が期待できます。他にも、転職活動資金として一律○万円といったように金銭を支給する企業もあり、地場に産業がないことで遠隔地に引っ越しをせざるを得ないケースなどでは有効なインセンティブと考えられます。
以上のほか、外部のコンサルタントなどと契約して、履歴書や職務経歴書の書き方の添削や、模擬面接の実施など具体的な転職活動の支援、再就職先仲介サービスの活用など、さまざまなインセンティブが考えられます。

(4)応募者数が想定外に少なかった場合どうするか

あらかじめ募集人員数や対象者を設定して、さまざまなインセンティブを用意したものの、残念ながら応募が募集人員数に到達しない場合もあります。
この場合、二次募集や三次募集を行うことになりますが、二次募集や三次募集の段階でインセンティブを高めることは得策ではありません。なぜならば、今回の応募を見送ればさらに好条件が提示されると見越されて応募の誘引が弱くなることに加えて、初回に応募をした従業員からの不満が噴出する可能性があり、その後のさまざまな進め方が不安定になるためです。
したがって、従業員への案内の段階で「募集人員が未達の場合には、これらの付加条件を伴わない解雇を行うことがあります」という点を伝えることが望ましいと考えます。前述した整理解雇における4要素のひとつである「解雇回避の努力」という点を考慮しますと、応募が募集人員に到達しない場合は、二次募集や三次募集を行わざるを得ず、徐々に条件が悪化するという誘引の仕方で進めていかざるを得ないでしょう。

(5)募集期間をどの程度設定するか

希望退職の募集を行うにあたっては、誰もがそれを知ることができるように周知する必要がありますが、募集期間が短期間の場合、性急すぎると裁判所などに判断されることがありますので注意しなければなりません。過去の労働裁判例をひも解くと、企業側が労働組合との団体交渉を拒否した挙げ句、人員削減の必要性の説明を求められても十分な説明を行うことなくわずか10日間の考慮期間であったことなどが性急すぎるとして、解雇が無効となったケース(A社事件・東京地裁・平成7年10月20日判決)もあります。従業員が家族で検討することなどを考慮すれば、1カ月程度の期間は設定しておきたいところです。

以上を踏まえ、希望退職の募集案内例を添付いたしますのでご参考にしてください。

(参考)希望退職募集案内例

(参考)希望退職募集案内例

(作成/社会保険労務士法人 名南経営)

6.圧迫対応の注意

人員整理の必要性が生じる段階では、企業全体がピリピリした雰囲気となり、それぞれの立場でさまざまな焦りが生じてきます。希望退職の募集に応じる人がなかなか出てこず目標の人数に達しない場合、焦った人事担当者が従業員に対して圧迫的な対応で離職を促してしまうことがあります。あるいは、辞めてもらいたい従業員に対して別の部屋を用意してひたすら単純作業に取り組ませ自主的に退職するように図るようなケースもあり、これらの対応が労働裁判に発展して会社が敗訴した例は複数存在しています。特に、業務上必要性のない仕事に従事させることは、パワーハラスメントにも該当する可能性が極めて高く絶対にやってはならない対応です。
個人面談においてもしかりであり、何時間にもわたる面談によって従業員の感情を麻ひさせて退職を促したり、頻度高く実施することで追い詰めたりすることも、同様に絶対にやってはなりません。それらの実態を個人のスマートフォンなどで撮影や録音をされ公にされた場合、会社が問われる責任とダメージは大きく、再建に取り組むどころではありません。

7.さいごに

どのような状況であれ、これまで会社に長年貢献してくれた人材に退職を求めざるを得ないことは残念なことです。従業員にはそれぞれの家族があり人生があることを考えると、終始真摯な対応を心がけるべきであり、すべてを人事担当者に任せるのではなく、経営者が自らの口で多くを発して語ることを丁寧に重ねることで、労使の信頼関係をつなぎ止めつつ、人員整理を進めていくことが可能になるものと思います。

【社会保険労務士法人 名南経営】

名南コンサルティングネットワークの一社として、幅広い顧客層にさまざまな経営コンサルティングなどを実践している。